表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/300

その89 悪意の在処

 たそがれ時。帰り道。

 女子高生が三人、肩を並べて歩いている。

 ぱっと観た感じ、仲良しグループの帰宅途中ってかんじ。

 けれどその辺りには、ゾンビの死骸があっちこっちに散乱しているんだけども。


 なんとなーくもの悲しい空気が、あたしたちの間に流れていた。


――あたしたち、立派に戦ったよ。

――その結果、強くなることができた。

――あたしたちは今日、着実な一歩を踏み出したんだ。


 達成感は、ある。

 けれど正直、……これからずっと、こんなことを続けなきゃいけないのかと思うと、すこし気が遠くなるような気持ちになったんだ。


「ものすっごい大変なアルバイトの初日……ってかんじ?」


 奏ちゃんが、そう例える。

 あたしたちはそれぞれ、無言のまま頷いた。

 こういう、表現力って大事だ。心の痛みを、少しだけ癒やしてくれるから。


 その言葉が皮切りになって、ぽつりぽつりと、あたしたちの間に会話が生まれていく。

 最初に話題を提供したのは、……雛罌粟(ひなげし)雪美(ゆきみ)

 あたしたちの間では”ロボ子”と呼ばれている女の子だ。


「ミソラ。……ひとつ、質問よろしいでしょうか」

「ん? なあに?」

「コーヒーというものは、銘柄によってそこまで、味が違うものなのですか?」

「ん。……もちろん、ぜんぜん違うよ。……ブルーマウンテンはバランスが良くて、コロンビアはちょっと甘め。モカはチョコレートみたいな風味がある……とかね」

「ふむふむ、なるほど。ちなみにミソラは、どの味がお好みで?」

「えっ? あたしの好み? ……そーだねえ。強いて言うなら、マンデリンかな」

「マンダリン? 『アイアンマン』の悪役の?」

「えっ。……あいあん……なに……?」

「――む。失礼。そんなわけがなかった。オタク知識がまろびでた」


 ああ、漫画の話だったんだ、いまの。


「ところで、……なんでまた急に、コーヒーの話を?」

「これから、いろいろと楽しめそうだと思ったもので」

「どーいうこと?」

「気づきませんでしたか? 飯田さんの家のキッチン、実に多様なコーヒー豆が保存されていたんですよ」


 あたし、ハッとして、ロボ子ちゃんの顔を見る。


「……そっ。……そうなんだ」

「飯田さん、どうやらコーヒー好きだったみたいですね」


 ちくりと、胸が痛む。


――心にぽっかりと穴が空いて、そこから血が、ぶしゅーっと噴き出る。


 そんなイメージが、あたしの頭の中に浮かんだ。


 でもね。

 それが決定的なきっかけだった訳じゃあなかった。

 こーいうのはきっと、色んなことの積み重ねなんだ。


 太陽が、どらまちっくに沈んでいくさま、とか。

 人影が、まるでオバケみたいにこっちを睨んでいる気がしたり、とか。

 ポケットの中に突っ込んだ、羊皮紙の違和感、とか。

 くたくたに疲れ果てた手足。ぺこぺこのお腹。巻き爪が痛む親指。髪の毛がぼさぼさなこと。お風呂入りたい。歯を磨きたい。


 そして、――今さらになってやってきた、罪悪感。


 あたし、変身している間はハイになっちゃってるからさ。

 正気に戻って初めて、自分のしたことに気づいたりするんだよねー。


 だから、まあ。

 心の器に溜まった水が、ちょっぴり溢れちゃったわけ。


 具体的に何をしでかしたかっていうと、――あたし、その場にへたり込んじゃったんだ。


「ん。どーしたんでし?」


 その時はたしか、晩ごはんどうしようかって話をしてる最中だったから、奏ちゃんとロボ子ちゃん、びっくりしちゃったみたい。


「ごめん」


 溺れそうな気持ちになりながら、あたしはようやくそれだけ、口にした。

 奏ちゃん、すこし離れたところにいるゾンビに気を配りつつ、


「ここに居るのは危険でし」


 と、当たり前のことを言う。

 けど、その時のあたしにとっては、何もかもどうでもよくなっちゃってた。

 昨日の昼まで、普通の女の子だったのに。

 今や、あたしたちの肩に乗っかっているものは、あんまりにも大きい。


 そしてもう一つ。

 確信して言えることがあった。


 寝るとき。

 お風呂に入るとき。

 友達と話すとき。

 美味しいものを食べるとき。


 色んな、楽しいことをしてるとき。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 あたしのことを、恨めしい目で、じっと見つめてくる。


 んで、こう思っちゃったのさ。

 そんな人生に、どれほどの価値があるんだろう……ってね。


――だっておぬし、あんまりにも普通なんじゃもん。


 アリスちゃんと出会ったとき、そんな風に言われたのを思い出す。

 その瞬間、決定的に気づいちゃったんだよ。


 あたしには、向いてない。

 あたしは、()()()()()()()()()()()()

 ……ってさ。


 あたし、今になってようやく、気づいたんだ。

 自分の才覚に。その限界に。


「どうしましたか。ミソラ。……辛くなってしまったのですか?」


 ロボ子ちゃんが、あたしの顔を覗き込む。

 そして、


「元気を取り戻し、気力を奮い立ててください」


 言っちゃあなんだけど、毒にも薬にもならないことを言った。


「あなたが今日したことは、とても意義のあることだったんですよ」


 残念ながら、そうは思えなかった。


――かぞくに会ったら、言ってくれ。おれは最後に、正しいことをした、と


 ホズミさん、はっきりそう言ってた。

 正しいことをしたって。

 家族に誇れることを……したんだ、って。


 悪意は、なかったんだ。

 悪意は。


 それなのにあたしたち、彼を殺してしまったの。

 ロリコンで、ちょっぴり厭な冗談を言う人だったけど……コーヒーが大好きだった彼を、殺してしまったの。


 そこまで考えてようやく、あたしの両目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 情けない。

 今日会ったばかりの友達に、カッコ悪いところを見せてしまっている。

 そんな風にも思ったけど、涙はぜんぜん止まらなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……あたし……」


 アリスちゃんと、出会わなければよかった。

 そう思った。


「あの……その……」


 オロオロとするロボ子ちゃん。

 彼女、こういう感情の発露が苦手みたい。


「ご……ごめんなさい。きっと私が、彼のコーヒー趣味のことを話題にしたせい、ですね……」


 なんて、頭を下げてくれたりして。

 でも、違うんだ。

 あたしが苦しんでるのは、ロボ子ちゃんのせいじゃないから。


 あたしは、アスファルトをぽつぽつと濡らす涙をじっと見つめながら、このまま死ぬことを考えた。

 難しいことじゃなかった。

 ”ウィザード・コミューン”を棄てて、ゾンビに食われれば良いんだって。


 でも結局、……あたしにそうさせなかったのは――奏ちゃんだった。


 小柄な彼女は、しばらくの間、あたしの顔をじっと覗き込んで、こう言ったんだ。


「アホか、おまえ」


 と。


「……どういう、こと?」


 苦しんでいるところに、さらに冷や水をぶっかけるような真似をされたものだから、さすがにムッとする。

 この娘の、皮肉っぽいところは理解しているつもりだった。

 これまで作った、どんな友達とも違うタイプの人間だということも。


「なあ、ミソラ。おまえしゃんもしかして、自分のこと、物語の主人公かなんかだと思ってる? ――この世で起こる、ありとあらゆる問題を、自分の制御下におけるとでも?」

「………………」


 それは、図星。

 だけれど、今回の件は、話が別。

 だってそうでしょ?

 ホズミさんとの関係が壊れたのは……あたしの判断ミスが原因なんだから。


 するとどうだろう。

 奏ちゃん、「ちょっと近所迷惑では?」ってくらいのトーンで、


「ば~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~か!」


 と、叫んだ。

 これにはロボ子ちゃんもびっくりしたみたいで、目を白黒させている。


「あんた、そもそも問題、……あちしたちがここにいる原因、なんだったと思う?」

「そりゃあ」


 奏ちゃんが、飯田保純さんの情報をあたしたちに流したから。


「そう。……その時あちし、こう言ったよね。『これから三人で協力して、こいつを殺す』って」

「そうね」

「ぶっちゃけその時点でもう、奴の死刑は決まっていたんでし!」


 奏ちゃん、まるであたしをあざ笑うような口調で、そう言った。

 あたしはというと、――信じられないような思いで、彼女を見つめている。


 ポケットの中の”ウィザード・コミューン”を、ぎゅっと握りしめながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ