その87 正しいことを
「……――《騎士の鉄槌》ッ」
ホズミさんの右手が、銀色の輝きを放った。
太陽光を反射してきらきらと輝くハンマーが、あたしの脳天目掛けて振り下ろされるのがわかる。
率直にあたしは、こう思った。
――死ぬんだ。
それは、不思議な直感だった。
いまのあたしは、滅多なことじゃあ死なないって言う、そういう確信があったんだけど。
でも、それでもその、ホズミさんが放った最後の一撃は、……あたしの命を絶つのに十分な威力だと、そう直感したんだ。
全てのことが、スローモーションに感じた。
あたしはなんとかして攻撃を躱そうとしたけれど……不思議と全身、金縛りになったみたいに動かなくなってしまったんだ。
「………………ッ!」
終わる。あたしの物語が。
そう思った次の瞬間、――ハンマーの軌道が、明後日の方向にぐらりと揺れた。
彼の右腕を、ロボ子ちゃんの剣が両断したのだ。
「…………えっ」
ホズミさん、目を丸くして、自身から切り離された腕を見ている。
数瞬の、間。
彼の、赤黒い切断面から、猛烈な勢いで桜の花びらが噴出した。
「ぎぃ、ぁああああああああああああああああああああああああッ!」
もちろんあたしには、それが本物の花弁でないことがわかっている。
あたしの”少女漫画フィルター”が、汚いモノを見えないようにしているだけ。
「わあっ」
でも、――それでも。
ひらひらと、花びらが舞うそのさまは、ものすごく美しかったんだ。
「奏ッ」
「わかってる!」
阿吽の呼吸で、奏ちゃんが拳銃を抜いた。
「右目ッ」
たーん、という、景気の良い銃声。
彼女がそう叫ぶと、ホズミさんの右目に、ぽっかりと穴が空いた。
「……んで、左目!」
再び、予告通りの位置に弾丸が撃ち込まれた。
ホズミさんの顔面に、ぱっと花弁が散る。
「ご…………がっ…………!」
瞬間、びくんびくん! とホズミさんの身体が痙攣して、……そして、天空を見上げるような格好で、ぴたりと止まった。
ぽっかりと穴が空いた両の目から、桜の花がはらはらとこぼれ落ちている。
あたしは、その姿をぼんやりと見上げて、
「ホズミ……さん?」
声を、かけた。
彼は、しぶとい。まだ、動く。
そんな風に、思えたから。
「………か………か……………っ」
あたしが危惧した通り、彼はまだ、生きていた。
けどそれも、最期が近い。
その両腕は力なく、だらんとしている。
死ぬ。このひと。
「なにか、言い残したいことが?」
辞世の句を聞くような気持ちで、訊ねる。
ホズミさんはしばし、苦しそうに空気を吸って、
「かぞくに会ったら、言ってくれ。おれは最後に、正しいことをした、と」
そしてまた、しばらく間を置いて、
「……楽しかったのは、ほんの短い間だけ、だったけど……」
どろり、と、両目から、花びらの塊がこぼれ落ちた。
「おれの人生は…………決して…………惨めなんかじゃ、なかった」
それきり彼は、電池が切れたように動かなくなる。
終わった。
あたしたち三人がそう確信できたのは、
――おめでとうございます! ”勇気ある守護騎士”を撃退しました!
――おめでとうございます! 実績”神域へ到る一歩”を獲得しました!
――おめでとうございます! 実績”集団リンチ”を獲得しました!
アリスちゃんの声で、ファンファーレが流れたからだった。
念のため”ウィザード・コミューン”を確認したところ、レベルも三つほど上がったみたい。
【ステータス】
レベル:7
HP:13
MP:98
こうげき:6
ぼうぎょ:7
まりょく:76
すばやさ:17
こううん:22
【スキル】
《狂気(中)》《正体隠匿(弱)》《自然治癒(弱)》《皮膚強化》《骨強化》《火系魔法Ⅰ》《水系魔法Ⅰ、Ⅱ》《風系魔法Ⅰ、Ⅱ》《地系魔法Ⅰ、Ⅱ》
この辺の考察はまー、おいおいやるとして、と。
「……良かった。勝てた」
ほっと、一息つく。
とはいえちょっぴり、お腹の中に、重いものを感じている。
何かに例えるなら、――そう。
でっかいゴキブリを退治したみたいな。
そんな、苦味のある達成感だった。
▼
ホズミさんは、その場に座り込んだままの姿勢で事切れている。
あたしたちは、そんな彼を前にして、……すこし、途方に暮れていた。
この家を、あたしたちの新しい拠点にすることは、ほとんど決まっていたようなものだ。
電気があって、お風呂があって、食べ物がある。
こんなに理想的な場所を、利用しない手はなかったからだ。
けれど、そーなると、……この死体、放っておく訳にはいかないよね。
なんかの病気の温床になるかもしれないし。……なにより、気持ちが悪いから。
「どーする?」
振り返ると、
「……私が、埋葬するよ」
一人のお爺さんが、歩みでた。
「――?」
その姿を見て、あたしたちは驚く。
なにせ彼……なんだか、奇妙なコスプレ衣装を身に纏っていたんだもの(まー、コスプレしてるのはあたしもそうなんだけどさ)。
「わあっ。だれ!?」
思わず訊ねると、お爺さんはすこし、疲れたように笑う。
「だれって、――さっきからずっと、話してたでしょうが」
彼、あたしたちを無視して、ホズミさんの死体に震える手を当てた。
「ひとつ、聞いても良い?」
「なんですか?」
「……おじょうさんたちはこの後、私たちのことも、……殺してしまうつもりか?」
その顔は、なんだか泣きそうだった。
「?????」
あたしたちはそれぞれ、首をふるふると横に振る。
「いいえ。そうするつもりは。――……理由がないし」
「そうか。……やはり、ホズミに、恨みがあったからか」
「……恨み……」
別に、恨みがあった訳じゃ、ないけれど。
「我々も、……この男が何か企んでいたのは気づいていた……あんたらは、それを止めに来た。そういうことかな?」
そのタイミングだった。
ロボ子ちゃんが、お爺さんの顔をじっと見て、
「あなた、まさか……――モモちゃん、ですか?」
と、言ったのは。
あたしは少し、びっくりして、
――えっ。このタイミング、ボケるとこ?
と、今日友達になった不思議ちゃんの正気を疑う。
……けど、違ったんだ。
彼女の推理は、しっかりと当たっていた。
お爺さん、深々と頷いて見せて、
「――うむ」
と、辛そうに言った。
「?????????」
あたしと奏ちゃんはというと、そろって眉をひそめるばかり。
……これって、あたしが変身しているから……だから、察しが悪くなってる……ってわけじゃないよね?