その85 弱い者イジメ
その後の戦いはほとんど、弱い者イジメみたいだった。
結局のところ、あたしがホズミさんに勝てたのは、――こと戦闘における”相性”の差、だったのかも知れない。
そう思わされる程度には、その後の戦いはワンサイド・ゲームになった。
それだけ、《風系魔法Ⅰ》、――あたしが《ういんど》と名付けたその術は、極悪な強さを誇っていたんだ。
風に吹かれて、宙を舞い。
風に吹かれて、宙を舞い。
あたし、彼の身体を玩具のように扱うことができた。
ホズミさん、あたしが術を使用するたび、「そんな馬鹿な」って顔をしていた。
よくわかんないけど彼、いろんなスキルを使って、あたしの魔法を打ち消そうとしていたっぽい。
「何故だッ。……なんでおまえ、”魔力切れ”しない……?」
とか、なんとか言ってさ。
ほかにも、《魔法反射》スキルがどーたら、《魔法抵抗》スキルがどーたら……なんか、いろいろ話していた気がするけど、結局彼、あたしの術の前では完全に無力だったみたい。
――ひょっとしてあたし、……強すぎ?
なんつって。
ホズミさんにとって致命的な弱点が、一つある。
彼、……ただの一つも、遠距離攻撃を持ってなかったんだ。
剣より槍。槍より弓。
戦争の勝敗を分けるのは、いつだってリーチの差だ。
そりゃ、こーなるよね。
けど、決着そのものは、ぐだぐだと無駄に長引く羽目になった。
だって彼、……とんでもなくタフだったんだもの。
常人なら百度は死んでいてもおかしくないダメージを受けてなお、あたしは彼の命を絶つことはできなかった。
「ねーえ。もういいかげん、死んでくれない?」
呆れた声で、そう言う。
それに対するホズミさんの返答は三パターンくらいしかなくて、
「ごめんなさい」
「まだ死にたくない」
「殺さないで」
とか、そんなん。
もちろんこうなった以上、彼を生かしておくわけにはいかなかった。
復讐が、怖いから。
特にあたしの場合、”魔法少女”モードじゃなくなったら、ただの人間と変わらなくなっちゃうから。
やるならいまのうち、徹底的にやらなくちゃいけない。
そう思えたんだ。
だからあたし、彼に教えてあげたよ。
「さっき、ぜったいに許さないって言ったじゃん。あなたは悪いことをしたんだから、できるだけ苦しんで死ななきゃいけないんだよ?」
ってね。
変に期待を持たせちゃ、悪いから。親切心。
そんでまた、《風系魔法Ⅰ》。
びゅーんと巨体が宙を舞い、――べしゃりと地面に叩き付けられた。
「………………」
ホズミさんはいま、全身血まみれ泥まみれ埃まみれ死にかけの姿で、地面に倒れ伏している。
彼の意識が飛んだのは、おおよそ三十分ほど、いじめ抜いたあとのことだった。
「ホズミさーん?」
「………………」
「おーい。気絶したふりしても、むーだーだーよー」
「………………」
ホズミさんは、ぐったりしていて、身じろぎひとつしない。
「…………ほんとに……気を失っちゃった?」
ドラマの真似をして、目玉の動きを確認したりして。
……………。
……………うん。たぶん、リアルに気絶したっぽい。
その後は、ちょっとした実験タイムだ。
ホズミさんの身体のあっちこっちに《火系魔法Ⅰ》を使ってみたり、傷口に《水系魔法Ⅰ》をぶっかけてみたり、なんども頭部に蹴りを入れたりしてみたり。
あと、頭に石を、がつんがつんとぶつけてみたり、その辺のゾンビに噛みつかせてみたりも。
けれど……どれも決定打にならなかったんだ。
ひみつはどうも、彼の皮膚にあるみたい。
ホズミさんの肌……なんか知らんけど、かっちかちだったの。
治癒力もすごくて、ちょっとした怪我なら、あっという間に治っちゃう。
正直いって、キリがなかった。
――プレイヤーって、タフなんだなぁ。
そこでようやく、思い出したんだ。
たぶん彼、《皮膚強化》スキルを覚えてるっぽい。
だからだろう。
物理的に外傷を与え続けるだけじゃ、致命傷を与えられないんだ。
――だったら、内臓を破壊できれば、きっと殺せる。
毒を飲ませる、とか。
眼球に包丁突っ込んでみる、とか。
口の中を、銃で撃ってみる、とか。
いずれにせよ、ここで仕事は済ませられない。
――しゃーない。家に戻るか。
あたし、嘆息混じりに、彼の首根っこを引っつかんだ。
▼
途中、なんどかゾンビに襲われたりしたけれど……もはや奴らは、これっぽっちも怖くない相手だった。
『ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ!』
なぁんて叫ぶカワイコちゃんを、《風系魔法Ⅰ》で吹き飛ばしてやったりして。
「ただいまー」
ホズミさん家へ、帰宅する。
声をかけると、囲いの向こうからロボ子ちゃんが顔を覗かせて、
「……戻ったんですね」
と、駐車場のシャッターを開けてくれた。
ガレージを抜け、さっきの庭に戻るとそこには、頭に包帯を巻いた奏ちゃんと、救急箱を抱えたロボ子ちゃんが。
――お。奏ちゃん、生きてたんだ。
あたし、ちょっぴりウキウキして、おチビちゃんの頭をナデナデ。
「……いてえっ。打たれたところを撫でる馬鹿がいるかっ」
「えへへへへ。ごめんごめん~♪ ……でもでもっ、奏ちゃんも悪いんだよ?」
「なに?」
「だーって奏ちゃん、そんなに可愛く上目遣いをするんだもの! ちゅーしたくなっちゃう! ちゅっちゅー!」
「……。お、おまえしゃん…………」
そして、長い長い嘆息。
「変身すると、ほとんど別人でし……」
するとあたし、なんだかお腹の底をくすぐられたような気持ちになった。
「まーね♪ いまのあたしは、魔法少女ミソラちゃんだから(横ピース)!」
「…………あ、っそう」
奏ちゃん、しばらく眉間を、ぐにぐにと揉む。
「ところであんた、そこのゴミ、なんで持って帰ってきちゃったの?」
彼女が指し示していたのはもちろん、ボロぞうきんみたいな姿で気を失ってる、ホズミさんのこと。
「ああ、これ?」
あたし、少しだけ苦笑して、
「いろいろ試したんだけど、ぜんぜん死んでくれなくってさ」
「そいつ、……なんかもう、百回くらい車に轢かれたみたいになってるけど、……まだ死んでないの?」
「うん」
「そう……でしか」
奏ちゃん、なんだか哀しげにうつむいて、
「なかなか死ねないというのも、キツいものね」
たしかに、それはそう。
こんな風に痛めつけられるくらいなら、さくっと殺された方がマシだよ。
「だからさ。あたし、鉄砲を使おうかと思って。目とか、口の中とか。内臓を破壊すれば、流石に死ぬでしょ?」
「……ふむ。良い考えでし」
そして奏ちゃん、ホルスターから拳銃を抜いて、
「そんじゃこれ、使いな」
と、弾倉を入れ替えた。
「――?」
「《射手》には、弾丸の威力を調整するスキルがあるんでし。いま、手持ちの中では、一番火力の出る弾丸に入れ替えた。……これで確実に仕留められるはず」
なぁんだ。
そんな弾があるなら、最初から装填しておいてよ、もう。
けれど奏ちゃん、ちょっぴり目を逸らすばかり。
「別に、いいじゃん」
ってさ。
素直じゃないなぁ。もー。