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その84 魔法少女は迷わない

 合い言葉を叫ぶと、――しゅるしゅるしゅるしゅる! という音と共に洋服が、分解・再構築されていく。

 あたしの肌が、非現実的な虹色の輝きを放つ。

 あたしの髪が、もっさもさに毛量の多いツインテールになる。

 気づけばあたしは、まるで別人になっていた。


 変わったのは、見た目だけじゃない。

 心も、変わっていた。


――あたしは、何を迷っていたんだろう。


 この男は、悪だ。

 悪は、取り除かなくちゃ。抹消しなくちゃ。


 それが、なにより正しいことなんだから。


 《狂気》とは、良くいったものだよ。

 あたしの頭はもう、たった一つの殺意で、満ち満ちていたんだ。


「おまっ、…………な、なんだその格好! ふざけてんのか!?」


 ホズミさんが、噛みつくように叫ぶ。

 あたしは、その言葉を無視して、……なんかアドリブで、キュートで可愛いポーズをとる。横ピースを変形させた感じのやつ。


 そして、心の赴くまま、叫んだ。


「大いなる愛の戦士、魔法少女ミソラちゃん! ここに参上ッ!」


 きゅぴーん、と。

 アニメならそーいう、カッコいい効果音が鳴っていてもおかしくない感じでね。


「飯田保純ッ。あんたは、少女たちをたぶらかし、――あたしの仲間を傷つけた。……絶ッ対に絶対にぜったいにぜったいにぜったいに……! ゆるさないッ」

「………………こ、コイツ……ッ」


 あまりの言葉に、顔面を真っ赤に染めるホズミさん。

 ”少女漫画フィルター”を通しても、彼が憎悪に歪んでいることがわかった。


「殺すッ」


 巨体が、熊の如くあたしに覆い被さる。

 ほんの一瞬前のあたしなら、きっとそれだけでビビリ散らかしていただろう。

 けれど、”魔法少女”となったあたしには、これっぽっちも怖くなかったんだ。


「――《すわんぷ・ふぃーるど》」


 後退りつつ、呪文を詠唱。

 瞬間、ずるり! と音を立て、彼の足元が、どろどろに溶けていった。


「な、なんだぁ……!?」


 《地系魔法Ⅰ》は、こういう使い方をする。

 コンクリートの地面では役に立たないのが弱点だけど。


「く…………そッ!」


 もがけばもがくほど、泥のようになった足元に囚われて、ホズミさんの身体が沈んでいく。

 あたしはというと、焦りに歪む彼を見下ろしながら、


「――《ふぁいあ》っ」


 《火系魔法Ⅰ》。

 あたしの指先に、強烈な火焔が発生する。

 ぱっとオレンジ色の輝きが、庭内を明るく照らし出した。


「ぎぃあああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 白い煙が発生し、ホズミさんの顔面が焼ける。


――痛みは、感じてる。……けど、ダメージは少ないみたい。


 さっきのアリスちゃんの声も、ホズミさんのことを”守護騎士”って表現してたよね。

 やっぱり彼、普通の”プレイヤー”より死ににくいんだろう。


 そう分析して、彼の顎下を、つま先の鋭いブーツで蹴っ飛ばした。

 その顔面の、炭化した部分が黒粉となり、ふわりと空を舞う。


「復讐するは我にあり。我、これを報いん。……なんつって」


 正直に言おう。

 その時あたし、ちょっぴりぞくぞくしちゃうくらい、気分が良かった。

 正当な理由で行う暴力が、こんなにも気持ちがいいなんて。

 この世から、争いがなくならないわけだよ。


 もっとやろう。

 もっともっともっと。

 もっともっともっともっと!


 泥まみれのおじさんを眼下にすえて、あたしは彼の襟首を引っつかんだ。


 今度は、別の方法で痛めつけてやろう。

 いろんな苦しみを与えてやりたい。

 醜い中年男性は、虐待を受けて然るべきなんだ。


 そう思った。


「それじゃ、――《ういんど》」


 彼の身体が、ふわりと浮き上がる。


「これから何をされるか、わかる? あなたは鳥になるんだよ」


 なんてね。

 Sッ気たっぷりに、予告したのがまずかった。

 ホズミさん、咄嗟に反撃してきたんだ。


「せ……ッ! 《聖騎士の大盾》ッ」


 彼が叫ぶと、その右腕から不定形の盾が産み出される。

 《聖騎士の大盾》はぱっと見、水銀を思わせる見た目をしていて……どうやら、彼の思ったとおりに形状を変化させるみたい。

 普通ならそれは、敵の攻撃を防ぐために使うんだろう。

 けれど、ホズミさんは違った。

 彼はその盾を、あたしの身体を捕らえるための、投げ縄代わりに使ったんだ。


「――うそ!?」


 どろりとした、金属質の何かに右腕を掴まれたあたしは、そのまま、――


 ぶわっ。


 と、《風系魔法Ⅰ》の影響をもろとも受けて、空中へと放り出されてしまう。


「――………わッ」

「……………ちぃぃ!」


 みるみるうちに、ホズミさんの家が豆粒のようになった。

 あたしたち二人は綺麗な放物線を描いたのち、自由落下を始める。


 その高度はっていうと……あたしたちが住んでる団地の建物が、けっこう下の方に見えたから、……おおよそ、百メートルくらいかな?


「あははははははははははははははははははははマジかぁあああああああああッ」


 お風呂上がりのリラックス・タイムに突如、ジェットコースターに乗せられたような気分。

 さっきトイレに行ったばかりでよかった。

 もし、おしっこ我慢してたら、間違いなく漏らしてたもの。


「たのしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 笑い声を上げながら、ちらとホズミさんの顔を見る。

 彼はどこか、自分に言い聞かせるように、


「俺の、……! 家族は……! ……おれが……護るんだッ…………!」


 そんな風に言っていた。

 そして彼は、地面に叩き付けるように腕を振るって、……《聖騎士の大盾》を解除したんだ。ちょうど、大地に叩き付けるみたい。


「………はははっ」


 拘束から解き放たれたあたしは、接近する地面を観て、笑う。


 悪手だった。

 あたしはもう、普通人じゃあない。


「――《ういんど》!」


 《風系魔法Ⅰ》を使えば、いくらでも落下速度を調整できるから。

 着地の瞬間は、ふわふわのベッドにダイブするみたいだった。

 一般通過ゾンビくんが『!?』みたいな顔をしていたけれど、気にしない気にしない。


「――ぐ、ぎゃ」


 一拍遅れて、男が一人、ぐしゃりと地面に落ちる。


――死んだかな?


 ……なんて期待したけど、そこはまあ、さすが”プレイヤー”ってとこだろうか。彼、よろりと立ち上がり、


「ち、ちくしょう………ッ」


 そう、吐き捨てるように言う。

 その眼には、『負け犬』という言葉がぴったりふさわしい。昏い色が浮かんでいた。


「なんでだよぉ……。レベル4の”魔法使い”風情が……なぜ、こうも強い……?」


 あたしは、応えなかった。

 自分でも、自分の強さがどの程度のものなのか、よくわかってなかったから。


 ただなんとなく、


――あたしがレベル4なら、こいつはレベルいくつなんだろう?


 とは、思う。

 結局あたしが、その詳細な答えを知ることはなかったんだけどね。


 っていうかぶっちゃけ、何もかもどーでも良かった。

 今の攻防で、あたし、うっすら気づいちゃったの。


 この勝負、ちょっとした弱い者イジメになるって。



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