その78 有罪無罪
その後あたしたちは、家のあっちこっちを観て回ることになった。
地下水を水源とする給水システム。
専門のお店顔負けの、様々な映画が取りそろえられたホーム・シアターに、ちょっぴり古めのアーケードゲームがずらりと並ぶゲーム部屋。
五、六人は一度に入れる浴場はスチーム・サウナ機能付きで、最新の自動洗浄システムが備え付けられてるみたい。
地下はシェルター構造になっていて、食糧保存庫やらワインセラーやら、様々な蔵書が保存された図書部屋があった。
すごいな。
お金持ちの家だな。
とはいえ、こんなところに一人暮らしは、きっと寂しいだろうな、とも思う。
一人で、えんえんとホールケーキを食べさせられているような。
食べれば食べるほど、孤独が増していくような。
こんなとこに住んでたらそりゃ、人付き合いも苦手になるよねぇ。
見学を済ませたあたしたちは、ホズミさんにちょっぴり待ってもらって、円陣を組む。
「……それでこの後、どうしますか?」
「どうするって……どうする?」
「……………………」
三人、声を落としながら、囁くように。
――この家、どこに盗聴器があってもおかしくない。
そんな風に思えたから。
「しょうじきあたし、あの人、苦手」
「同感ですね。彼、『困ったさん』に種別されるタイプの人類です」
「だね」
はっきりいってあたし、――この家に来てしまったこと、すっかり後悔していた。
こんな場所のこと、最初から知らなければ良かったのに。
そうすればきっと、昨日と変わらない、のほほんとした生活を送ることができていたはずなのに。
「もし私が人間で、血を分けた妹がいたと仮定するなら、死んでもここには預けないと思います」
「……だよねー」
「ただ……………――」
あたしたち、それっきり黙り込む。
――ただ、……なーんか厭な奴ってだけで、……あたしたちに、それを裁く権利があるわけじゃない。
あたしが見たところ、ホズミさんはいま、「限りなく黒に近いグレー」って感じ。
邪悪であることがはっきり証明されたわけじゃないんだ。
それに……この程度の「いやなひと」は、世の中に山ほどいる。
もし、そういう人たちみんなを断罪していく人がいたら……たぶん、そっちの方が化け物だ。
「奏ちゃんは、どう思う?」
傍らの、小柄な友達に尋ねる。
――面倒でし! さっさと殺しちまおう! それに決まり!
きっと奏ちゃん、そんな風に答えるだろうな。
……と、思っていたけど、意外にも彼女は、慎重だった。
「一つ。――なにか、一つでも良いから、決定的な証拠が必要でし」
「と、いうと?」
「野郎が今後、誰かを害するであろうっていう、証拠でし」
「やっぱり、……ちゃんと調べる必要、あるかな」
「当然でし」
奏ちゃん、深く頷く。
「そういう方針に決めたのは、おまえしゃんでしょーが」
「それは、……そうだけれど」
ぶっちゃけるとあたし、ちょっぴり心が折れそうだった。
人の腹の内を探るだけで、こんなにも消耗するなんて、思ってもいなかったよ。
あたし、心の中で、こんな風に思っていたのかも知れない。
ホズミさんに会って、すこし話して。……たったそれだけで、その人の何もかもが理解出来る……、って。
冷静に考えたら、そんな訳なかったのにな。
「これから、あちしとロボ子で、ホズミの注意を引く。その間、おまえしゃんはホズミに関する調査を進める。いーい?」
「調査って言われても。あたし、ふつーの女子高生だよ? ぶっちゃけ、どーすればいいのか、わかんないよ」
「簡単でし。……まだ、野郎が案内していない部屋……やつの私室を探るんでし」
「えっ。でも、さすがにそれは……失礼じゃない?」
「失礼で結構。どーせあちしたちは、野郎と仲良くするつもりはないでし。……それに、うまくすれば、やつの能力のヒントが得られるかも」
そっか。
それはぜったい、役に立つ情報だよね。
「いいでしか、ミソラ。さっきからあちし、野郎の眉間に弾丸ぶち込みたくて、うずうずしてるんでし。……でも、あちしたちはチームだ。だから、チームの方針には、従う。”有罪”か、”無罪”か。あなたが結論を出すの。わかった?」
「……ん」
奏ちゃんに窘められて、あたしはしょぼんと頷いた。
なんか、あたしがワガママ言ってる感じになってるのは、ちょっぴり気に食わないけれど……やるべきことはやらなくちゃ。
もし万が一、あたしがちゃんとしてないせいで、ここで暮らしている子供たちが傷つくようなことがあったら、泣くに泣けないもの。
ずしーんと両肩に、『責任』の二文字がのしかかっている気がした。
▼
そうしてさっそく、作戦が決行される。
――奏は、この家で暮らすことにすっかり前向きです。
――ホズミさんもどうやら、信頼できそうなお方ですし……。
――なんならもう、一生ここで暮らしたい、といっておりますよ。
――えっ? さっきまでいた、私の連れですか?
――彼女、トイレです。
――便秘なんです。
なーんてやり取りが行われている間、彼の部屋に忍び込むっていう段取りだ。
抜き足差し足、忍び足……つって。
あたしは、なんとなーく迷ったふりをしながら応接室を通り過ぎ、ホズミさんの私室を目指す。
途中、2階から、子供たちがけらけら笑いながら、おままごとに興じているのを眺めたりしてね。
幸い、ホズミさんが案内してくれたお陰で、いまのあたしは、この家の間取りをしっかり把握することができている。
――ってことはホズミさん、信頼してくれてはいるんだよね……。
彼の気持ちを裏切っている自分に、ちょっとした罪悪感を覚えつつ。
ホズミさんの部屋は、鍵ひとつかけられておらず、扉も半開きのままだった。
まるで、「いつでも入っておいで」と言わんばかり。
あたしのこの推測は、間違っていなかった。
実際ホズミさん、この家の子たちの行動を制限するつもりはないみたい。
あたしが扉を開けると、――そこには、最初にあたしたちを家に招き入れた、桃色の髪の少女がいて、
「あら? おじょーさん、どーしたの? ここ、ホズミくんの部屋だよ」
と、不思議そうな目を向けてきた。
正直あたしは、それだけでもう、飛び上がりそうになるくらい驚いて、
「え……あ……その。どうも……」
と、不自然極まりない態度で、へこへこ頭を下げる。
「どうしたの? なんでここにきたの?」
うう。
明らかに彼女、警戒してる。
あたしは薄ら笑いを浮かべたまま、……それでも、部屋の中に入り込んだ。
凪野美空には、義務がある。
他ならぬ……この家の、女の子たちを守る、義務が。
愚か者を演じている状況じゃあない。
スーパーヒロインにならなくちゃ。
物語の主人公、らしくね。