その77 チームの気持ち
あたしたちが通されたのは、これまた無駄に広々とした応接間だ。
向き合わせられたソファに、ガラスのローテーブル。
部屋の奥には、大きめのテレビと、それに接続されたゲーム機もある。……どーやらここ、普段は子供たちの遊び場になってるみたい。あっちこっちに、食べ散らかされたお菓子の残骸が落っこちていた。
「………………」
まず、あたしたちが感心したのは、部屋にエアコンが入っていたってこと。
もう、それほど肌寒い時期じゃないっていうのに、……贅沢な暮らしだ。
「生活に関しては、まったく問題ない。うちは、いつ戦争が起こってもいいように、数年分の食事と自家発電設備がそろっているからな。先見の明、というやつだ」
まず、ホズミさんの第一声は、自慢話だった。
「へー、すごいんですねー」
ロボ子ちゃんが、お人形さんじみた笑顔を作る。
「当然だ。おれは、世界がこうなること、ずっと前からお見通しだったからな」
「そう、なんですか?」
「ああ。政府がゾンビ病をひた隠しにしていたことは、自明の理だった」
「政府、……日本政府が、ですか?」
「日本? ――はははっ、ちがうちがう。世界政府さ」
「世界、政府……? 国連ではなく?」
「ばか。そんなちっぽけな組織じゃない」
ロボ子ちゃん、言葉の意味を図りかねて、すこし首を傾げる。
見かねた奏ちゃんが、口を挟んだ。
「それってひょっとして、『ワンピース』にでてくる悪役の組織でしか?」
「お! よく知ってるじゃないか」
ホズミさん、得意げに唇を斜めにする。
「実際のところそれも、ある種の陰謀なのさ。尾田栄一郎は、世界政府から派遣されたエージェントの一人でな、『ワンピース』の流行は、政府によって意図されたものなんだ。――あんたたちも、おかしいと思っていただろ? 『ワンピース』なんかより、もっと完成度の高い物語は山ほど在る。……にもかかわらず、朝のニュースで取り上げられるのはいつも、『ワンピース』のことばかり。ものを知らないあんただって、少し考えればわかることだ」
「それは……その……。なんとも申し上げられません、が……」
美人の困り顔ってときどき、男の人を興奮させる効果があるみたい。ホズミさんはどんどん早口になっていった。
「世界政府の名前は、一般には知れ渡っていない。――おれみたいな、真実を見抜く能力のある人間以外には、な。だが連中が、このゾンビ騒動を指揮しているのは明らかだ。証拠はいくつもある」
「証拠……?」
「ジョージ・A・ロメロ監督の死。『ウォーキング・デッド』におけるノーマン・リーダスの活躍。『レフト・4・デッド』の3がいつまでも発売しないこと。『ゲームオブスローンズ』における、いつまで経っても襲来しないゾンビ集団の謎。……枚挙に暇が無い」
沈黙する、女子三人。
対するホズミさんは、そんなあたしたちをねぶるような目つきでみてから、
「どーやら驚きのあまり、言葉もないようだな」
「え? ……あ、はい」
どっちかっていうと、「なに言ってるんだろうこの人」っていう”間”なんだけれど。
「……ま。つまりこの世の中は、世界政府に操られてるってことさ」
「ちなみにホズミさんはこの騒動、いつ決着がつくとお考えですか?」
「そりゃまあ、近いうちにね。だが恐らく、全てが終わったころに生き残っているのは、ごくわずかな者だけだろう」
「…………」
「そこでおれ、子供たちに、おれの家に住むことを提案して回っているわけさ。外の世界がどーなろうと、少なくともこの家は安全だからな」
「なるほど」
その、自信満々な彼の態度は、以前アリスちゃんの前で見かけた、切羽詰まった様子とは比べるべくもない。
あたしはずっと、自分の目を疑っている。
――この人、……ホントに、アリスちゃんを口説いていた男性と同じ人だよね?
あれから、なにがあったんだろう。
そう思わされるくらい、彼の性格は豹変していた。
――なんかちょっぴり、厭な感じだな。
ぶっちゃけ、そんな風に思う。
以前に見かけた時も、決していい印象ではなかったけど、いまのホズミさんはそれに輪をかけてキツい。
変なところで、……妙な自信を得てしまっている、というか。
「まず、あんたに聞いておきたいことがある」
「なんです?」
「そこの、入居希望者の娘の、年齢は?」
「年齢。――ですか」
ロボ子ちゃん、姉妹の役を演じつつ、
「十歳です」
ちょっぴり攻めた歳を口にする。
「そうか。なら、いい」
けれどホズミさん、これっぽっちも疑っている様子はなかった。
素晴らしきかな、奏ちゃんの幼児体型。
「うちで預かるのは、満十二歳までの子供と決まってるからな」
「そうですか。ちなみに、なぜ満十二歳までなのですか?」
「そりゃあ、中学生になったら、”子供”とはいわんだろ」
「そう……でしょうか?」
「ああ。中学にもなると、セックスを経験している可能性がある。そうだろ? そういう女を、我が家に受け入れることはできない」
「セックス、……――セックスを経験していると、何が問題なのですか?」
ロボ子ちゃんの、素朴な疑問。
とはいえそのセリフは、あたしたちの総意と言って良かった。
するとホズミさん、真顔のまま、こう応えたんだ。
「ばーか。わかんねえか? 膣の締まりが、悪くなるだろうが」
うん。
素直に、耳を疑ったね。
――なに言ってんの、おまえ。
喉元まで、そんな言葉が出かけたくらい。
するとホズミさん突然、にかっと笑って、
「って、そこはあれだろ、『お前のチンポなんか入れたら、裂けてしまうやろがい!』とかだろ。ははははは!」
「……はあ」
「お嬢さんも、アレだぜ。こーいう時代だ。お笑いの基本くらい、わかっとかないと! ははははは!」
しらけた表情の女子三人と、げらげら笑う巨体の男。
「なーんてな! ぜんぶ、冗談だよ! 実を言うとうちは、子供だろうが大人だろうが、爺だろうが婆だろうが、みーんな受け入れてるのさ! ……そりゃ、できれば、子供の方がいい。その方がよっぽど、護りがいがある。……だから募集は一応、子供だけってことにしてる。そんだけの話さ」
応接間には、地獄のような空気が流れていた。
――あ、この人のユーモア、わかんないな。
ってね。
あたしだって別に、下ネタ、セクハラ発言に五月蠅い方じゃない。けど、いまの発言は、どこをどう考えても失敗した冗談だった。
なにより始末におけないのは、本人がそれに気づいてないっぽいところ。
ロボ子ちゃんの顔色から、さっと血の気が引いていくのがわかる。
「……一応、はっきりと言わせていただきます。もし、奏に手を出すようなつもりなら、私はあなたを、決して許しません」
「馬鹿だな、あんた。ばーか! おれは、同意のない交尾だけは絶対にしない。なんなら、おれのチンポに誓っても良いぜ。ぎゃははっ」
「……………………」
ひょっとすると、その瞬間だったかもしれない。
――こいつ、嫌いだ。
三人の気持ちが、一つになったのは。