その76 カラフルな少女たち
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれたガレージの中、ずらりと並ぶ高級車。
こつんと響く足音とともに、開け放たれた鉄扉へ向かう。
まるで、「こっちだよ、おいで」って、そう誘われてる感じだ。
「……………」
途中、奏ちゃんが、車の表面を少し撫でて、指先に溜まった埃をふぅー、とする。
「この車、全然乗られてる感じがしないでし。きっと、二、三度乗ってから、すぐ飽きちゃったんじゃないかな」
えー。もったいない。
あたしならきっと、色んな人に会いに行くのにな。……免許持ってないけど。
「まさしく、『豚に真珠』を地でいってるでし」
吐き捨てるような口調の奏ちゃん。
あたしは小声で、
「毒を吐くのはほどほどに、だよ」
と、たしなめる。
「いまの奏ちゃん、ただの小学生だってこと、忘れないで」
「あちし、小学生のころからずっとこんな感じでし」
……なーんておしゃべりしていると、先を行っていたはずのモモちゃんに追いつく。
彼女ったら、階段を一つ一つ、手すりにしがみつきながら丁寧に昇っていくものだから、あっという間に追いついちゃったんだ。
「おねーちゃんが、抱っこしてあげよっか?」
「えへへへ。だいじょぶ。そこまで老いぼれてないよ」
ってさ。
……うーん。ユーモアも可愛い。
「モモちゃんは、ここに来てから、長いの?」
「んーん。五日間くらい」
「そっか」
ってことは、”ゾンビ”騒ぎが起こって少ししてから、ここに引き取られたってことか。
「お父さんとお母さんは?」
「死んだよ」
「――ゾンビに、やられて?」
「んーん。それよりもっともっと、前のこと」
「そっか」
孤児ってことか。
あたしはすこし哀しくなって、彼女の手を取る。
「……ありがとね」
モモちゃん、あたしに寄りかかるようになって、小さく囁いた。
「実は、……ここに来てからずっと……足が痛くって……」
ほんとのところ……ひどく彼女、――調子が悪そうだったんだ。
▼
階段を昇りきると、白と黒で色味が統一されたリビングに行き当たった。
同時に、あたしたちはそれぞれ、「ほお」と吐息を漏らす。
というのもそこは、すこしびっくりしちゃうくらい、イイカンジの空間だったんだ。
ホテル……ともすこし雰囲気が違うシックな内装に、必要最小限度の調度品。顔を上げると、一階と二階は開放感のある吹き抜けになっていて、部屋の隅には洋画の中でしかみたことがないような、曲線を描いた階段があった。
家具に関しても、あたしたちが日常見かけるような、安っぽい木製のものは一つとして使われていない。
あんまりそーいうのに詳しくないからよくわかんないけど……オークとか、マホガニーとか、そーいう「ひと味違う」素材が使われているっぽい。たぶん、あたしなんかにはわからない、独自の拘りがあるんだろう。
こういうお家に住むのって、人間ができる贅沢の、到達点って感じがする。
あたしはしばし、大理石で作られたつるつるの床を眺めて、
「ええっと……ここ、靴は脱がなくて良い、のかな?」
「どうも、そうっぽいでしね。靴箱もないし。建物ぜんたい、西洋風だし」
そっかあ。
しょーじき落ち着かない感じがするけど、まーいっか。
あたしたちがリビングを見ていると、その時だった。
きゃっきゃっきゃっきゃ、という楽しげな声が2階から聞こえてきて、
「おおおお、新しい子、きたぁ!」
と、数人の子供たちが階段を駆け下りてきた。
赤髪短髪の、少年じみた感じの女の子に、黄色い髪の少し勝ち気な女の子。そして、青い髪の、控え目な印象の女の子。
赤、黄、青、……それに、いま、あたしの傍らに居る、桃髪の女の子。
ずいぶんとカラフルな子供たちだ。
それぞれみんな、胸にでっかいリボンをつけた、特注の制服を着ている。
「わあ、可愛い!」
あたしが、大喜びで出迎えると、彼女たちはちょっぴり人見知りっぽく、輪になってこしょこしょ話をした後、
「「「「こんにちは、お姉さん!」」」」
と、可愛らしくお辞儀して見せた。
「ぐへへへへ。愛いのう……」
「おまえしゃん、――……なんか、怖い顔してるでし」
「うちの奏ちゃんも、あれくらい可愛くしたら、いっしょにお風呂に入ってあげるのに」
「き、気色悪いこと言うんじゃないでし!」
なーんてじゃれ合っていると、とてててて……と、少女たちが、奏ちゃんの周りをぐるぐる回り始めた。
そして、
「新しい子だ新しい子だ!」「ねえねえ、あなたはどこからきたの」「どれくらいいるつもり?」「好きな色は?」「好きな食べ物は?」「漫画読む?」「ゲームはとくい?」
ってかんじに、質問攻め。転校初日の同級生みたい。
「ええっと……」
さすがの奏ちゃんも、ちょっぴり困り顔だ。
「話をする前に、――……まず、飯田さんに、会えないでしか……?」
「飯田……? ああ、ホズミくんね!」「いつくる? いつくる?」「すぐくるとおもうよ」「さっきわたしが呼んだもの」
「とりあえずあちし、ホズミと会ってから……ここに残るかどうか決める、でし」
「そうなの?」「なーんだ」「ずっとここにいるつもりなんだと思ってた」「でも、きっとここ、気に入るよ。良いところだもん!」
「そう……でしか」
と、そこで奏ちゃんは、いま思いついたみたいな口調で、
「ところでみんな、――ホズミに何か、酷い目に遭わされてたりとかは、――してないでしか?」
その返答は、実に明快だった。
「「「「んーん? ぜんぜん?」」」」
「なにか、変なことされたり、とか」
「ヘンナコト? どーいうこと?」
「うーんと。……例えば、お風呂を覗かれたり、とか?」
「あはははは!」
赤髪の少女が、お腹を押さえて、笑う。
「おっかしーんだ。なんでそんなこと気にするの?」
「気にして当然でし。――あちしの完成されたボディを、気安く人前で晒すわけにはいかないからね」
「完成されたぼでー?」
奏ちゃんの、奇妙な言語感覚がツボに刺さったのだろうか。
少女たちは再び、きゃっきゃっきゃっきゃと笑って、「完成されたぼでー」という言葉を繰り返した。
「……ちょっと……そんなに連呼しないで……」
あたしが、困ったように少女たちに諭していると、――突然だった。
彼女たち、さっと小さく輪になって、
――例のあれだ。
――例のあれがくるよ。
――面白くなるぞ。
――この人たち、驚くかな。例のあれに。
って、内容丸聞こえのナイショ話。
と、その時、
「……あっ」
ロボ子ちゃんが、吹き抜けになっている2階を見上げて、声を上げた。
釣られてそちらを向くと、そこには例の、ガタイのいいおじさんが、一人。
話しかけるわけでもなくただ、顔を半分覗かせて、こちらをじーっと見つめているのだ。
思わずあたし、「ひぃっ!」って驚いちゃったよ。
だってもう、絵面が完璧に……ホラー映画のそれだったんだもの。
「よう。お疲れ」
そこでホズミさん、ようやく声をかけてきた。
「のっそり」っていう擬音がぴったりの仕草で、例の巨体を覗かせてね。
その後、階下のあたしたちを見下すような視線を向けて、
「聞いたぜ。入居希望者がいるんだってな」
「え? あ、はい」
「だったらまず、面接からだ。――いいな?」
そう言って、奥の部屋に引っ込んでしまった。
その態度が、ゼツミョーにブッキラボーな感じだったから、
「……嫌われてしまったのでしょうか?」
ロボ子ちゃん、困り眉であたしたちを見る。
対する奏ちゃんはその辺、ドライだった。
「気にするな。軽く喧嘩売るくらいの方が、そいつの真価がわかるってものでし」
そりゃまあ、そーかもしれないけど。
そうしてあたしたち、色とりどりの少女たちに別れを告げて、ホズミさんの後を追う。
――ホズミさんが、良い人でいてくれたら……。
強力な仲間になってくれるんだけどな。
そう想いつつ。
▼
………………………。
…………。
……。
ところで。
さっきから、なーんかびみょーに違和感があるんだけど。
決定的な異常を、ずーっと見過ごしている、っていうか。
なんなんだろ?