その75 剣闘士の制約
はてさて、ロボ子ちゃん。
いったいぜんたい、どーいう力を使うのかしら?
「やっぱロボってくらいだから……なんか、ビームとか撃つかんじ?」
そうすると彼女、ちょっぴり苦笑して、
「ビームって。いつの時代のロボットですか」
「……。いや、時代とかは、ちょっとよくわかんないけど」
「私は、ビームを撃ちません。最新型のロボットですので」
「?????」
やっぱりこの娘、よくわかんないなぁ。
そう思って見守っていると、
「ちょいまち」
奏ちゃんが、彼女の服をぎゅっと引っ張って、制止した。
「そもそもおまえしゃん、……ゾンビと戦っても大丈夫なんでしか?」
「問題、ありません」
「でももし、仕様の解釈ミスで死ぬようなことがあったら……」
「ご安心を。その点、アリスに確認済みです」
「そっか。なら、いいでしが……」
あたし、ちょっぴり眉を段違いにして、
――仕様の解釈ミスで、死ぬ……?
その一言に、ひっかかる。
それって、あれかな。
あたしの、『恋をしたら死ぬ』みたいな弱点が、彼女にもあるってこと?
『キエッ! ガアアアアアッ!』
と、その時だった。
全身、痙攣するような仕草で歩くゾンビが、ロボ子ちゃんに掴みかかったんだ。
――いけない。
この一週間であたしは、その手に掴まれた人間がどうなるか、山ほど目の当たりにしてきた。
連中の、ものを掴む力は、生きている人のそれを遙かに上回る。
人間の手や足、首なんかを、簡単に引きちぎってしまうんだ。
――あたしが、やらないと。
そう思ったけど、……実際に手を出す前に、ことは終わっていた。
ゾンビの手が触れるか触れないかのその瞬間、奇術じみて出現した一本の剣が、その顎下を貫いたのだ。
『………ぎっ、いっ』
獣じみた悲鳴が、そのゾンビの断末魔になった。
ロボ子ちゃんは、優雅な仕草で剣を引き抜き、空を斬る。剣にこびりついた血が、ぴっとアスファルトの上に散った。
「こいつらは、……獣です。獣は狩られるためにある」
そんなセリフを、つまらなそうに呟いて。
そのまま、刃渡り五十センチほどの剣をぶんぶん古い、ゾンビたちの頭部を次々と破壊していく。
その様子はまるで、ゾンビの駆除業者(いや、駆除ロボットか)ってかんじ。
実に、鮮やかな手つきだった。
あたしと奏ちゃんはそれを、何かの見世物のように眺めている。
▼
戦いは、一方的に終わった。
その辺りのゾンビたちはあっという間に退治され、残るは死体があるばかり。
「しばしお待ちを。……いまの戦いで、レベルが上がったようです」
一仕事終えたロボ子ちゃんは、息切れ一つ起こさず、こめかみに手を当てている。
「――ん。レベル上げ作業、終わりました」
「ロボ子ちゃん、強いんだねえ」
こと、ゾンビ退治のみに限れば、あたしよりロボ子ちゃんの方が、よっぽど巧い。
やっぱり、アリスちゃんに与えられた力は、あたしたちを常人以上の存在に変えてしまうのね。
「今ので、実力の半分、といったところでしょうか」
「そうなの?」
「はい。私のスキルは、対人戦闘に特化しています。ゾンビ狩りは専門ではないのです」
「タイジン、……?」
「人間と戦うのが得意、ということです」
そうしてようやく、詳しい事情を説明してくれる。
「私はアリスに、”剣闘士”と呼ばれるジョブの力を与えられています」
「剣闘士……?」
正直あたしには、それがどういう存在か、検討もつかない。「古代ローマ時代、見世物として戦わされたひとたち」という知識があるくらい。
「さっき奏ちゃん、『仕様によって死ぬかも』って言ってたよね? それってどういう……?」
「”剣闘士”は、――肉弾戦においては敵なしと言って良いジョブなのですが、ただ一点、生きた人間を相手にしたとき、生殺与奪の権利がない、という特徴を持ちます」
「ええっと……せいさつよだつ……?」
「『生かす』か『殺す』かを選択できる権利のことです。……古来、剣闘士は、助命か処刑かの選択を、観客に委ねる風習がありました。恐らくはそれを再現したルールかと」
……へえ。
それはその……結構、大変な制約だなぁ。
”プレイヤー”としての能力はときおり、自分でも制御できないくらいに強力だ。
想像力の無いあたしでも、「殺すつもりのない相手を、間違って殺してしまう」なんてことは今後、いくらでも起こりうることがわかる。
彼女の場合、間違ってもそれができないってことか。
「だから奏ちゃん、『仕様の解釈ミスで死ぬようなことがあったら……』って言ったのね」
「ええ。――アリスに確認したところ、ゾンビたちは『すでに死者である』扱いのため、殺してしまっても問題ないそうです」
「ふーん」
でもロボ子ちゃん、なんてそんな、ややこしいジョブを選んじゃったんだろ?
不思議に思ってると、奏ちゃんが、くいくいとシャツを引っ張った。
「話は、今度に。いまはホズミの一件を片付けよう」
「……ん」
まだ話し足りなかったけど、やむなく頷く。
井戸端会議が許される時代じゃないものね。
と、そのタイミングで、
「あのぉ…………」
鉄のシャッター越しに、一人の女の子が声をかけてきた。
歳は、十歳くらいかしら。
桃色の髪が特徴的な、すこしおっとりした感じの子だ。
「ええっと、……おじょうさんたち、何してるのかな?」
その声色は、警戒半分、興味半分、って感じ。
いの一番に応えたのは、ロボ子ちゃんだった。
彼女、「優れたロボットほど、人間のロールプレイが得意なのです」と自称する外面の良さを発揮して、
「どうもこんにちは! 私、雛罌粟雪美と申します」
笑顔でご挨拶。
対する少女も、ぺこりと会釈をしてみせた。
「……私、モモって言います」
なるほど。桃色の髪のモモちゃん。
実に覚えやすい名前だ。……偽名かもしれないけれど。
「われわれ、チラシを見て、ここにきたのです」
「どういう……こと?」
「この家、子供たちを引き取ってくれるのでしょう? ……そこにいる……――」
と、ちょっぴり奏ちゃんの方を見て、
「――妹の面倒を、見てもらいたくって」
するとモモちゃん、ぽんと手を叩いて、
「あ、そういうことか」
にんまり笑った。
「航空公園のグループのひとですね? 昨日、ホズミくんと一緒に、チラシを配って回ったから」
「ええ」
そうしてロボ子ちゃん、両手でサムズアップ。
普段の彼女を知ってる身からするとその仕草は、ちょっぴり不気味なくらいだ。
「それで、できればその、”ホズミ”さんに会わせてもらえないでしょうか」
「……わかった。……それじゃ、いま、シャッターを開けるから。ちょっと待ってて」
そしてモモちゃんは、ゆったりとした足取りで駐車場奥へと引っ込んでいく。
あたしは、彼女の姿が見えなくなるのを見守ってから、
「……どう思う?」
そう、小声で尋ねた。
対する奏ちゃんは、
「まだ、なんとも言えないでし」
と、意外にも公平な意見を言う。
「ホズミさんがもし、すっごく優しいおじさんだったら、どーする?」
「どうもこうも。……さっさとここを去って、二度と会わない。そんだけでし」
「えー? 良い人なら、協力すればいいじゃない」
「それはダメ! ぜったい、それだけはダメ!」
ぷんすか怒る、奏ちゃん。
――ひょっとしてこの娘、男の人に対してなにか、……偏見でもあるんじゃないかしら?
あたしが眉をひそめた、そのタイミングだった。
モーターの駆動音が聞こえて、ゆっくりとシャッターが開いたんだ。
それはあたしたちにとって、驚嘆に値することだった。
――電気が、……通じてる!
このご時世、そんな家が存在していることが信じられない。
「では、行きましょう」
ロボ子ちゃんの言葉を合図に、あたしたちはゆっくりと、進み出る。
どきんどきんと、心臓を高鳴らせながら。