その74 コイントスの結果
女子が三人。横並びになって、車道の真ん中を歩く。
航空公園から西所沢までは、歩いて二、三十分ほどの道のりだ。
チラシに添付された地図が正確なら、それほど遠くはないはず。
道中は、気楽なものだった。
「あっ。あたしここの喫茶店、よく出入りしてたんだ。サイフォンで淹れたコーヒーを出すお店でさ。気に入ってたんだよねー」
「サイフォンは、私も好きです。なんだか科学実験っぽくて」
「あっ、それ、わかるぅ。こぽこぽこぽって音が、なんだか心地いいんだよね」
「ええ」
「それに、サイフォンで淹れると、味がさっぱりして飲みやすくなるんだよ。味も安定していて、けっこうごくごく飲めちゃうんだ」
「そう、なのですか? ……どうも私、味覚デバイスがさび付いているようでして、――製法やメーカーごとの味に差を感じたことがないのです」
「そーお? 案外、ちゃんと試して見たら、違いがはっきりするものだよ? いちど『これだ』っていう味を見つけたら、もうそればっかりになっちゃうくらいなんだから」
「……ふむ。そういうものなのですか?」
「うん。こんど、いろいろ試して見ようよ」
「良いですねぇ」
なーんて。
そんな、普通の(?)女子高生みたいなおしゃべりで盛り上がったりして。
でもその間中、ずーっと奏ちゃん、
「……コーヒーの味が人生に与える影響なんて、無視していいレベルで些細なモンでし……」
不満たらたらって感じだった。
「だいたい、本当の味がわかる人間なんて、世の中にほんの一握りでし。味について語る輩の99%は、わかってる振りしてるだけのインチキヤローに決まってるでし」
「インチキって……あたしこう見えて、コーヒーはいろいろ飲んできたつもりだけど」
「そんなの、あちしにはわかんないもん! テキトー言ってるだけかもしれないもん!」
「信用ないなぁ」
奏ちゃん、ぷいっとそっぽを向く。
見かねたロボ子ちゃんが、その頭にポンと手を載せた。
「奏。我々がしているのは、たんなる雑談ですよ。健全な生命活動を送る上で、欠かすことのできない行動の一つです。いちいち突っかかるのは止めてください」
「ぶーぶー!」
「……やれやれ。コインで決めることは、あなたも了承済みだったはずでしょう?」
ロボ子ちゃん、大きくため息を吐く。
奏ちゃんが不機嫌なのは、――コイン・トスの結果、あたしの意見が採用されることになったから……っていうのもあるだろーけど、もう一つ理由があった。
「だからって、……子供に化けることまで、認めたつもりはないでし!」
それはまあ、確かに。
『プリキュア』が大きくプリントされたトレーナーを着こなすいまの奏ちゃんは、どこからどう見ても小学生、って感じ。
「そう言わず、協力して下さい。私の計算では、その姿でホズミ氏に会うのが、最も効果的です」
「でも、――」
「チームの方針ですよ、奏」
「ぐぬぬ」
募集されていたのは、『子供』だ。
となると、変装にもっとも適任なのは……体型的にも奏ちゃん一択ってことになる。
「……暗殺するだけなら、こんなひと手間は必要なかったのに」
「その”ひと手間”で救われる命があるなら、そうすべきだよ」
なんて話しているうちに、とある豪邸の、正門前に行き当たった。
▼
「ここが、噂の……」
ホズミさんの家、か。
家を一目見て、わかる教訓がある。
――人生って、平等じゃない。
ってね。
大理石の塀に囲われた、一際背の高い建物。
正門から鉄のシャッター越しに中を確認すると、たぶん高級車なんだろーなって感じの車がずらっと並んでる。
五メートルくらいの高台の上に建てられたその家はまるで、城砦を思わせた。
「噂には聞いてたけど、すごい家ねえ」
「……こんなとこに一人暮らしって、ぜったい頭おかしくなるでし」
なんだかこの家、世の中がゾンビに溢れることを想定して建てられたみたい。
でも決してそういう訳じゃないこと、あたしは知ってる。
噂によると、――この家は、……飯田保純さんを閉じ込めておくための、隔離施設みたいなものなんだって。
もともと飯田さんの実家は、衣料品の製造小売りで儲けた大金持ちらしい。
けど、その長男であるホズミさんは……言ってはなんだけど、あんまり優秀なひとじゃなかった。
だからホズミさんはある日、ぽいっとゴミ箱に捨てるみたいに、この家に引っ越してきた……というか、引っ越させられてきたんだ。
そんな話を二人に聞かせると、奏ちゃんは少し呆れたように、言った。
「――よくもまあ、そこまで他人の家の事情を知ってるもんでしね」
「えー? この辺の子だったら常識だよぉ。だってみんな、お金持ちの世界に興味、あるでしょ?」
「アホらしい。手に届かない世界に思いを馳せたところで、惨めになるだけでし」
「そうかなぁ」
それを言ったら、この世界にある「興味があるもの」って、自分の周りのものだけってことになっちゃうじゃん。
それはそれで、寂しい生き方な気がするな。
「それにさ、こんな世の中になったんだからさ。……もう、『手の届かない世界』じゃなくなってる気がするよ」
……と。
その辺りで、あたしたちは会話を止めた。
あたしたちの前方、十数メートルくらいの位置まで、ゾンビの群れが近づいてきていたからだ。
――さて。誰が経験値を稼ぐ?
それぞれ、アイ・コンタクトを取る。
「あちし、パス。”子供役”をやるってんなら、強い姿を晒すわけにはいかないでし」
あたしも、止めておこうかな。
変身すると、目立つし。
それに、正直なところ、……仲間のスキルを観ておきたい、という気持ちもある。
もし、万が一、
――賭けても良い。きっとあんたら、喧嘩になるよ。
っていう、アキちゃんの予感が正しかった時、その情報はきっと、役に立つはずだから。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
三人、しばらく黙り込んで。
『おお、………おぉぉぉぉ……』
「お、ちょろい生肉じゃんラッキー」とばかりに、ゾンビが一匹、歩み寄る。
彼我の距離、五、六メートル。
そこまで来て初めて、
「――では、私が始末しましょう」
と、ロボ子ちゃんが呟いた。
お手並み拝見だ。