その71 冒険者ランキング(2016年版)
「ナ・カ・マ……?」
ミソラはまるで、初めてその単語を耳にした原始人みたいな反応だ。
どうも、よっぽど意外な提案だったらしい。
「そーでし。……ってかぶっちゃけ、あちしらは協力するべきなんでし。そーしないと、おさき真っ暗なんでし」
「ほへー。そりゃまた、なんで?」
そこで奏は、周囲を警戒しつつ、
「……これ、見て」
一枚の、古びた羊皮紙をペンライトで照らし出す。
その内容は、以下のようなものだ。
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【冒険者ランキング(2016年版)】
一位 ”狂気の転生者” 恋河内百花 レベル139
二位 ”終わらせるもの” 名称未設定 レベル133
三位 ”無法地帯の死刑囚” メアリ レベル130
四位 ”人の形を遣うもの” 名称未設定 レベル111
五位 ”毒舌の魔法使い” 鮎川春菜 レベル106
六位 ”殺し屋” ああああ レベル101
七位 ”贋作使い” 名称未設定 レベル100
八位 ”正義の格闘家” 羽喰彩葉 レベル98
九位 ”優しい王様” 仲道縁 レベル97
十位 ”恐るべき死霊術師” 夢星最歩 レベル95
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ミソラは、その内容にざっくり目を通して、
「????? なにこれー?」
と、首を傾げる。
「ロボ子、――……あちしの仲間が、たまたま手に入れた”実績報酬”でし」
「じっせき、ほうしゅう……?」
そうか。
そこから説明しなくてはならないのか。
「どうも、われわれ”プレイヤー”は、特定の条件をクリアすることで、こーいう、不思議なアイテムを手に入れることが出来るっぽいの」
「へー。そうなんだ」
「こいつは……2016年。――つまり、いまから一年後の”プレイヤー”のレベルを、ランキング形式で紹介したものみたい」
「ふーん」
ミソラは、しばらくその内容を吟味したのち、ぼそりとこう呟く。
「でもこれ、不正確なんじゃない? あたしの、――名前がないもの」
その言葉には、険しいものが含まれていた。
気持ちは、奏にも理解できる。
危険に満ちたこの世界で、無敵のスーパーパワーを得た。……はずなのに、そのパワーは、この国で十番にも入らない程度のものだった。
そんな事実を、突きつけられた気がするのだろう。
「ちなみにこれ、あちしの名前も、あちしの仲間の名前も載ってないでし」
「ふーん」
「この意味……わかる?」
「さあ?」
「あちしらひょっとすると……一年後にはもう、この世にいないかもしれない、ってこと」
「うそ」
ミソラは、大袈裟にのけぞって、
「あたし、まだ死にたくない!」
と、わりかし当たり前の感想を、深刻に叫んだ。
「……同意見でし。でも、安心するでし」
奏は口調はどこか、妹を励ますようだった。
「このランキングはどうも、もっとも『こーなる』確率が高い未来を参照しているだけみたいなの」
「……ってことは?」
「やりようによっては、この未来を回避する方法があるってこと」
「ああ、なるほど。それで――」
「手を組もうぜ、ってことよ」
本当はまだ、もう一つ、手を組まなければならない理由がある。
だがそれを彼女に教えるのは、チームの今後を見極めてからでいいだろう。
「そっかそっか、なるほどな。……よおし」
その返答は、実に明快だった。
「そういうことなら、おっけーよ♪ 手を組みましょ!」
「……良いんでしか?」
少し、拍子抜けする。
「もちろん! だってそれ、ぜったいに必要なことだもの!」
「……おまえしゃんがそう思うなら、あちしは構わないでしが……」
ずいぶんと、軽薄に判断する娘だ。
この提案、――あのロボ子ですら、少し慎重になったほどなのに。
「あ、でもでも! チーム名はどうする?」
「チーム、名……?」
「手を組むなら大事なことだよ」
「それは、……じゃあ、ミソラが決めてもいいでしよ」
「えっ。いいの? やったー! じゃ、決まったら発表するね!」
彼女、ぴょんとその場で跳ねて、喜んだ。
死の気配が充満した夜道に居て、その明るさはむしろ、異様ですらある。
――調子が狂うな。
奏は、思いっきり顔をしかめて、気を取り直した。
「……まあ、いいでし」
手を組むからってべつに、べたべた馴れ合おうって訳じゃない。
「ちなみにこれは、あくまで一時的な共同戦線っちゅうことで。じゅうぶん力をつけたらおのおの、勝手に独立しておーけーでし」
「わかった!」
ミソラはどうやら、この申し出をいたく気に入ったらしく、
「そんじゃ、――よろしくね!」
絹の手袋に覆われた手を差し伸べてきた。
「………………よろしく」
それをぎゅっと握り返すと、
――子供の頃に行った、ヒーローショーの握手会を思い出すな。
なんだか、童心に返ったような気分になる。
「じゃ、明日の朝、七時に、団地内にある緑地でミーティングをするでし。……おそらくその日は、戦いになる。覚悟しておくこと」
「りょーかい、カナデちゃん!」
「それと……もうひとつ」
「なあに?」
「あちしらのチームに、上下関係はなし。全員、平等の立場でし。……もし、何か文句があったりするなら、気負わずに発言すること」
「……………。うん!」
その会話を最後に、顔合わせはお開きとなった。
二人それぞれ、お互いに背を向ける格好で、帰り道を選ぶ。
尾行される……かもしれないと思ったが、どうもそういう感じではない。
――素直に、家に帰ってくれたかな。
ほっと、安堵の一息。
”隠れ家”までの道のりを急ぐ。
狙撃手は、身を隠すもの。
まだ、……あのオレンジ髪に、あの場所を知らせるわけにはいかない。
真の仲間と、認めるまでは。
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人目を忍んで、帰宅して。
「……ただいまぁ」
声を殺して、言う。
室内では、ロボ子の寝息が、くぅくぅと聞こえていた。
――なーんだ。結局この子、疲れてたんじゃないの。
ちょっぴり苦笑して、……彼女を起こさぬよう、拳銃をホルスターから抜き、所定の位置へ隠しておく。
「……ふぅ」
人心地ついて、ベッドへ潜り込むと、硝煙の匂いが香った。手のひらにはまだ、拳銃を握った感触が残っている。……正直、まだすこし、興奮していた。
布団の中で、静かに呼吸を整えて。
――これで、準備は整った。
ようやく始まる。
戦いの日々が。
殺しの日々が。
――明日はきっと、良い日になるよ。
人を初めて、撃つ日になるよ。
そう思いつつ。
一色奏は、茹で海老のように丸くなった。