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その66 英雄の生き方

「そんじゃ、……うぉーたぁ!」


 指先から、ぴゅーっと飛び出す水鉄砲。


「おつぎにぃ……ういんどっ!」


 ()()と吹き荒れる、少なくとも殺傷能力は皆無の風。


「さいごにぃぃぃぃ……地系魔法……つち……土を英語にした場合ってなんだっけ?」

「ソイルとか、グラウンドとか?」


 もうこの時点でアキちゃん、危険はないだろうと察したみたい。緊張感のない顔で、星を数えたりしていた。


「なーんかピンとこないな。まあいいや、暫定の名前で。――つちまほー!」


 そう叫ぶけど、……今度は、なにも起こった様子がない。


「……………………」

「……………………」


 満天の星空、女子高生が二人。

 気まずい表情で見つめ合う。


「……………これ、だめだあっ! 夢も希望もなーい!」


 あたしはその場で大の字になって、ぶっ倒れた。

 アキちゃんが、その隣に座り込む。

 顔を上げると、トレードマークのつるりとした額が、月明かりに照らされていた。


「……手痛い勉強代になったわね。いまからでもその力、クーリングオフできないのかな?」

「わかんない。……わかんないけれど……」


 どうなんだろ。

 おとぎ話とかだと、魔女との契約って取り返しがつかないことが多い気がする。


 そのまま、意味もなくぼんやりすること、十数分。


「そろそろ、変身を解いたら?」


 ちょうど、アキちゃんがそう提案した瞬間だった。


――どん!


 っていう、派手な爆音が、深夜の街に響き渡ったのは。

 驚いてそちらを見ると……文明の灯の消えたさいたまの街並みに一つ、鮮やかに赤い火が見えた。


「ちょっとちょっとちょっと。なに、あれ……!」


 距離は、わりと近い。

 あたしたちの団地から歩いて、十分くらいのところかしら。所沢駅方面に進んでいったらすぐのところだ。


「こんな時に、事故なんて……。きっと”ゾンビ”たちが集まってくるよ」


 といっても、アキちゃんにとってそれは、「対岸の火事」ってかんじ。

 だってそうでしょ? いま、この世界でおこっていることは、一介の女子高生の手に余ることだもの。

 あたしたちにできるのはただ、災厄が降りかからないことを祈るだけ。


 ……と。

 昨日までのあたしなら、きっとそう思っていたことだろうね。


――あとはまあ……RPGとかといっしょ。敵を殺したり、人の世話をしたりすることで経験値が入って、レベルが上がる。レベルを上げれば上げるほど、おぬしは強くなっていく。そんなかんじ。


 アリスちゃんはさっき、たしかにそう言っていた。

 つまり、……あたしに課せられた使命は、人助けをするってこと。


 でも、なにもあたしだって、使命だからそうするわけじゃない。


――正義を行う。


 ”物語の主人公”として、ずっとずっと目を逸らしていた宿題に、ようやく向き合う時が来たのだ。


「あたし……いまから、あそこに行く」


 大きな決意を持って、そう呟く。

 すると、隣にいた親友は、まるであたしがそう言うことをあらかじめ予測していたみたいに、ぎゅっと二の腕を掴んだ。


「ダメよ。ぜったい」

「なんで?」

「なんでって……みすみす死にに行くようなものだから」

「そうかしら」

「そうに決まってるじゃん。……ねえ、気づいてる? あんたいま、ちょっぴり不思議な力を使えるだけの、ただのコスプレ女なんだよ?」

「ぐぬ」


 痛いところを突かれて、すこしたじろぐ。

 それでも、あたしの決意は揺らがなかった。


 あたしは、友人の胸に手を当てて、


「ういんど」


 と呟く。


「――え?」


 びょお、


 と、手のひらから突風が発生。

 すってんころりんとひっくり返るアキちゃん。


「わっ。びっくりしたっ!」


 あたし、尻餅をついた友達を見下ろして、


「ごめんね。……でも、行かなきゃ」


 そう言って、走り出す。

 自分でも驚くほど、恐怖はなかった。

 ただなんとなく、「できる」という実感があったんだ。


――英雄として、烈しく生きるか。

――凡人として、静かに生きるか。


 あたしは、前者を選んだ。

 そんなら、ここで動かなきゃ、嘘でしょうが。



 落ちるような速度で階段を降りて、団地前にある大通りへでる。

 すると、焚き火をしている避難民の人たちがあたしを観て、「ぎょっ」という顔を向けた。


――頭のいかれたコスプレ女。


 そう、顔に書かれているみたいだった。

 でも不思議と、「恥ずかしい」という気持ちにはならない。

 特別な衣装は、特別な勇気を与えてくれる。

 今のあたしは、舞台の上の役者さんと一緒だ。

 そういう感情は、根っこから吹き飛んでしまってる。


「やるぞやるぞやるぞやるぞやるぞっ!」


 自らを鼓舞するセリフを叫びつつ。

 途中、見覚えのある女子と視線が合った気がしたけど、それでもあたしは怯まなかった。

 並木通りを抜けた先にあるのは、対”ゾンビ”向けのバリケードだ。寄せ集めのトタン板で作られたそれは、「行きはよいよい、帰りは怖い」という感じ。戻るのは難しいけど、出るのはそう難しくない。


「ちょ、ちょっと、きみ?」

「失礼します! 人助けしてくるので!」

「え……ええ?」


 門番役をしてくれているおじさんを無視して、あたしはステンレスのハシゴを組み立てた。

 そしてそれを、カサカサとゴキブリみたいに登ったあと、


「やるぞやるぞやるぞやるぞやるぞ!」


 もういっかい叫んで、ぴょんと跳躍。着地する瞬間、


「ういんど!」


 そう叫ぶと、あたしの身体がふわりと浮き上がり、衝撃を和らげた。


――風の魔法には、こういう使い方もある。


 どうやらこの魔法、あたしが望んだ場所、望んだ方向に風を吹かせることができるみたい。

 ひとつ、ちいさな学びを得つつ。

 安全地帯を出ると、ちくちくを肌を刺すような緊張感が、その辺りに漂っていることに気づいた。


 ここから先は、いつゾンビに襲われてもおかしくない。

 それでいい。

 あたしの物語はいま、この時、始まったんだ。


 狂気じみた万能感だけを頼りに、あたしは宵闇を駆けた。



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