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その60 モブキャラ

 白い髪、白い肌、白い衣。

 しょーじきあたし、その姿に不気味なものを感じていた。


――ひょっとしてあれ、死に装束ってやつじゃない?


 人を見た目で判断するのは良くない……けど。

 あんな服で歩き回るなんて、ひどく不謹慎に思えた。


――親御さんはどうしてるのかしら?


 白髪の少女はいま、混雑するスーパーの中をきょろきょろと見回して、誰かを探しているように見える。


――ひょっとして、迷子?


 お節介の虫がうずいた。

 普段のあたしなら、迷わず声をかけていたかもしれない。

 ただ、いまは状況が違った。


 世界はいま、終焉を迎えようとしている。

 ゾンビの群れが、あたしたちの生活圏内に迫っているのは間違いない。

 誰かの面倒をみている暇はない……。


 と、その時だった。


「ちょっとあんた! そんなとこでぼーっと突っ立ってないで頂戴!」


 カートに山ほどの食料を積んだおばさんにぶつかられて、慌てて頭を下げる。


――落ち着いて。あたしはみんなを代表して、ここにいるんだ。


 ポケットの中の、くしゃくしゃになっているお金を思い出す。

 食べ物と……それとあと、煙草。


――仕事に戻ろう。


 そう思い直した、次の瞬間だ。

 例の子が、大柄な男の人に手を引かれているところを見たのは。


――良かった、あの娘、家族連れだったんだ。


 ……なーんてね。

 そんな風に思えたら、どれだけ良かったか!


「――っ」


 あたしは慌てて、少女の背中を追いかけた。

 というのも、彼女の手を掴む男の姿が……その、なんていうか……ちょっぴり、強引に見えたからだ。


 ぺったりとした髪質の天パを額にはり付けた、鼻息の荒い、体重百キロくらいの、筋肉質な大男。

 あたしには彼が、ひどくうさんくさく見えてしまっている。


 わかってる。

 そーいう偏見が、無実の人を糾弾する事案に繋がるんだろうって。


 でも、その時のあたしは、不思議な直感を覚えていた。

 あの二人はきっと、家族でもなんでもない。

 あの娘が危ない……、って。


 あたしだって、子供じゃない。

 災害時のどさくさに、性の欲望を満たそうとする男の人がいるって話は聞いたことがある。

 二人はいま、スーパー内にある男性向けトイレに入っていった。


 ひやり、と、背筋に冷たい汗が流れる。

 最低最悪の想像が、あたしの脳裏に浮かんでいた。

 無垢な童女がひとり、残酷な暴力の犠牲になる。……そんな想像だ。


――ひょっとして、あの男を止められるのって、あたし、だけ?


 そう思いつつ、足早にそちらへ向かう。

 そして、扉の前で、立ち止まった。


――でも……。


 もしこれが、あたしの勘違いだったら。

 ……変態は、あたしってことに、なる?

 うう……どーしよ。


 ……………。

 ………。

 ……。


 ええい。

 もし間違っていたとしても、ごめんなさいすれば済む話だ。

 そう思ってあたしは、慎重に扉を開く。


 わずかな隙間から中を覗くと、そこには例の、白い髪の少女と、脂ぎったおじさんが向かい合っているのが見えた。


『ふむふむなるほど。――言いたいことは、良くわかった』


 少女は腕を組み、自分とは倍ほども背丈の違う男を見上げて、


『つまりおぬし、こう言いたい訳じゃな? 儂とファックしたい、と』


 そう、屹然と言う。

 対する男の方がむしろ、緊張に顔面を強張らせて、


「お、おう……」


 と、しどろもどろだ。


『しかし儂、ちっこいぞ? 交尾の相手にはふさわしくないと思う』

「それは……その。……お、おれは、きみみたいな歳の子が、好きなんだ」

『へー。マジで? 変わっとるのぉ』


 二人の会話に耳をそばだてながら、事態を把握しようとする。

 状況はどうも、……それほど切迫してはいないっぽい、けど。


「そ、それでさ。もしよかったら、おれと一緒に、暮らさないか?」


 男の口調は、あたしが思っていたよりずいぶんと優しい。

 けれどその言葉の裏には、ドス黒いものが渦巻いている。


『いやいやいや、無理無理。儂、住むとこは別にあるから』

「きっと、後悔はさせないから! うち、金はあるんだ……。食い物も、ゲーム機だって。とにかく、いろいろある! ……頼むよ」

『そう言われてもなぁ』


 男はぺこぺこ頭を下げて、少女に懇願しているようだ。

 ただ、あたしは知っている。

 こういう時の男性って、突如として獣になるんだ。そういう生き物なんだ。


「頼むよ。……きみを初めてみた瞬間からずっと……きみのこと、頭から離れないんだ……。きみのことが……好きになっちゃったんだよ! いいだろ?」


 うわうわ。

 きっとこの男の人、有罪だよ。ギルティだよ。

 あたしはそう思ったけど、――その子、悪い気はしなかったみたい。


『あら、そう?』


 なんて、ちょっぴり照れ気味になっちゃってさ。


『まあ、条件によっては、おぬしの望みを叶えてやらんこともない』

「えっ。……ホントかい?」


 すると男は目を見開いて、少女の身体を乱暴に持ち上げ……そして、ぎゅっと抱きしめた。


「ああ、……良かった! 思った通りの、お人形さんみたいな娘だ……きみは……」


 あたしが、真に忌むべきものを見たのは、そのあとだ。

 男が、鼻の穴を大きくして、くんかくんかと、少女の髪の匂いを嗅ぎ始めたのだ。


「ん――――――――――。良い匂いだぁ…………」


――…………ひっ。


 あたしは、必死に悲鳴を殺している。


 飛び出すなら、いま。

 助けに入るなら、この瞬間。

 そう思えた。


 けれど、あたしの身体は硬直して、ぴくりとも動かない。

 性暴力を目の当たりにしたのは、その時が初めてだったから。


 だが、当の少女は、『ハハハハハ。くすぐったいぞ』と、まるで犬にでもじゃれつかれたかのような態度で笑っている。


「ああ………きみ………っ。きみ…………もう、一生離さないぞ!」


 続けて男は、彼女の頭に頬ずりし始める。

 嫌な予感がした。

 このまま何か、とてつもなくインモラルな行為がはじまるって。


 けれど少女は、余裕だった。

 自分の身体がモノのように扱われても、くすくすと笑うばかり。


『すまんが、「一生離れない」訳にはいかん』


 そして彼女、


『儂にはまだ、すべきことがあるからの』


 ぱちんと指を鳴らしたんだ。

 その、次の瞬間だった。


 見る見る、大男の身体が縮んでいくのを見たのは。


「……………ッ。うそ!?」


 今度は、声を殺すことができなかった。


 まるでそれは、何かの奇術を見ているかのようで。

 男は、あっという間に高さ10センチほどになって、キイキイと甲高い悲鳴を上げる。


『ふははははは。「お人形さんみたい」なのは、そっちの方じゃの』


 そしてまた、キイキイという悲鳴。


『まあまあ。しばらくはその姿でいなさい。そのうち、おぬしにピッタリのスキルを与えてやるから』


 あたしはというと、瞼を人生最大級に見開いて、その様子を見ていた。


――魔法だ。本物だ。


 もはや、「ここ、男子トイレだから入りにくい」なんて、些細な問題は吹き飛んでしまっている。


――あたしは、この物語の主人公だ。


 その思いが、溜まっていた膿のように、どろりと噴き出した。

 気づけば、ぱっと少女の前に飛び出して、――


「あ……あの……あの……!」


 そう、叫んでいた。


「あたしも……あたしにもその……不思議な力を、……使えるようにして!」


 危険かもしれない、とか。

 酷い目に遭わされるかもしれない、とか。


 そんな風には、ぜんぜん思わなかった。

 ただ、ようやく始まったんだという想いがあった。


 あたしの、あたしによる、……あたしのための、物語が。


 だけどその返答は、びっくりするくらいシンプルだったんだ。

 白髪の少女は、眉を段違いにして、


『悪いがそれ、無理』


 そう答えた。

 まるで、その他大勢(モブキャラ)を相手にする、みたいに。


『だっておぬし、あんまりにも()()なんじゃもん。そんなやつに力を与えても、……つまんないし』


 そのまま彼女、キイキイを喚く男をポケットにつっこんで、その場を去ってしまって。

 あたしには、彼女を止めることはできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法少女にはマスコットが必要(要出典)…… キイキイと鳴く10センチの(性的な意味で)獣……
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