その57 武器作り
「よし。――では、はじめようか」
言うと、かざした両手の間に、鉄の塊のようなものが出現する。
「…………………」
すると、僕の脳裏に”簡易銃”の設計図が流れ込んできた。
同時に、鉄の塊が分裂・増殖を繰り返し、かちゃかちゃかちゃかちゃと音を立てる。
あっという間に、一丁の拳銃……の、ようなものが組み立てられていった。
鉄パイプの銃身に木製のグリップ、どうみても子供向けの玩具から流用してきたとしか思えない撃鉄と引き金、――どうやらこれ、銃身上部の穴に拳銃用の弾丸を装填して使うようだ。
「酷いな、これ。……とてもではないが、命中精度には期待できそうにない」
一応、銃口を調整して内部にライフリングめいたものを彫ってみたが、形だけだ。
確か、ライフリングのねじれ率を計算するにはちゃんとした方程式があって、その通りに螺旋を作らないと効果的ではなかったはず。
出来上がった簡易銃は、見た目のチャチさに反してちょっとだけ思い入れがある感じのものが出来上がったが、とてもではないが撃つ気にはならない。
「まあ、何かの役に立つかも知れないし、取っておくか」
物語の中なら、きっとこういうのが生存フラグになるんだろうが。
とりあえず、今ので消費した魔力を、腹具合の感じから推測すると、……うーん。
朝食を抜いた日の昼過ぎくらいだろうか。
感覚的に、僕の最大MPを100前後と仮定する。
もしそれが僕の最大値なら、使役する”ゾンビ”を一匹死なせた時の魔力消費は……70~80くらいかもしれない。
「この想定が正しいなら、――レベルアップごとに上がるMPは僕の場合、7か8ほど、ということかな」
かなり甘めの見積もりだが。
さて、先ほど《武器作成》で作れる武器をチェックしたところ、現時点で役に立ちそうな武器は、
――4,ボルトアクション式小銃 消費MP:100
――5、回転式拳銃 消費MP:100
この辺になる。
「ボルトアクション式小銃、となるとアレかな。第二次世界大戦で日本陸軍が使ってた、三八式歩兵銃みたいなやつか」
漫画でも見かけたことがあるな。松本零士の戦場漫画シリーズとか、『ゴールデンカムイ』とか。
空想の世界における銃の性能はともかくとして、実際の有効射程距離は500メートルほど。
慣れれば十分、役に立ちそうではある。
「……よし」
小さく嘆息し、マップ画面をチェック。
豪姫を除く”ゾンビ”たちを順番に、我が家へと帰還させていく。
”マッチョ”、”ツバキ”、”サクラ”、”ミント”。
彼らを全員、客間に座らせて。
「四人はそこでしばらく、のんびりしといてくれ。『カタン』と『カルカソンヌ』ならそこの棚にあるから」
と、独りぼっちの冗談を言いながら、ローソンから持ってきた食糧を口に運んでいく。
正直、ちょっと賞味期限的に危ないものもいくつかあったが、気にしない。
今はとにかく、少しでもカロリーを摂取することが重要だ。……ダイエット中のOLが聞いたら悲鳴を上げそうな話だが。
まず、氷で満たした大きめのジョッキの横に、ジュースとコーラのペットボトルを並べて。
「では……いただきます」
甘いものと辛いものを交互に口の中に入れていく。
ロールケーキにミックスサンド、シュークリームに台湾ヤキソバ、マカロニサラダに豚生姜焼き弁当、きのこのアヒージョ仕立ておにぎり、枝豆のおにぎり、ケーキプリンにチキンカツサンド、パンケーキにメンチカツバーガー。
「うっぷ……」
と、そこで限界が来た。
痩せぎすの身体の、腹だけが餓鬼のように丸く出っ張っている。
「何にせよ、これで……」
まずは、”マッチョ”用の”鉄の剣”を作成から。
――”鉄の剣”
中世ヨーロッパにおける刀剣は、最高の評価を与えられた武器であった。
鋼鉄の剣は世代を超えて受け継がれる格調高い武器であり、騎士としての身分を象徴するものでもあったという。
作りだしたその剣の形状は、岩田さんとの戦いで使っていたものに少し似ていた。
とはいえその全長は90センチ足らずと短めで、余計な装飾もなし。片手でも振り回せるように設計されており、全体的に”突き”に特化している印象だ。
うまく言えないが、こっちの方がよほど実用的に作られている気がする。
「……さて」
今の分で減った”MP:45”分の消費をスニッカーズで埋めながら、次の作業へ。
――”クロスボウ”
中国で発明された弩の技術が取り入れられ、ヨーロッパでクロスボウが使われ始めたのは12世紀のことである。
強力で命中率が高く、ほとんど調練を必要とせず、甲冑を身につけた騎士に対しても致命傷を与えたクロスボウは、「高貴なる者=騎士は殺してはいけない」「騎士は生け捕りにして身代金を要求する」という、当時の戦争の不文律にそぐわないものだった。
そのため、1139年には「クロスボウをキリスト教徒へ使用することは非人道的である」として、禁止される教令が出されるほどであったという。
……なんか、ドヤ顔で歴史トリビアを語るアリスの顔が頭に浮かぶようだ。別に良いけど。
とはいえ、クロスボウなら製造コストも安くて、そこそこ飛距離もでるだろう。
『ウォーキングデッド』のダリルも使ってることだし、たぶん”ゾンビ”に有効だと信じたい。
「よし……次、ラストにするか」
仕上げに、ライフガードをごくごくと一気飲み。
お腹たぷたぷの状態で「よし」と気合いを一つ。
「銃。本物の銃を作ろう」
――”ボルトアクション式小銃”。
ボルトアクション方式とは、遊底を手動で操作することで弾丸の装填、排出を行う機構を有する銃の総称。
遊底を回転させることにより、突起が薬室の溝と噛み合い、薬室が閉鎖されるため、動作が確実であった。
また、伏せた状態から発砲できるという点も、当時にしてみれば大きなメリットであったとされる。
これでMP切れを起こさなければ、今夜の収穫は上々、だな。
そこでふと、客間の”ゾンビ”たちを眺める。
ぼんやりと座っているだけの彼らを見て、
――あれ? そういえば、もしいま、魔力切れ起こしたら……こいつら、どうするんだ?
ひょっとして……僕の支配から解放されて、人間を襲ったりするのかな?
不意に浮かんだ不安は、みるみるうちに大きくなっていって……。
あ。
やば。
ひょっとすると僕、ケアレスミスやらかしたかも。
とはいえ、いまさら後悔しても、もう遅い。
《武器作成》は既に作動している。
ちらりと、時計を見た。
時刻はいま、午前四時を回ったところ。
――睡眠の重要性……ッ。
そう思いながら、ふふふと自嘲気味に笑う。
もし、これで命を落としたとして。
それはそれで、構わないか。
どうせ、随分前に捨てた命だ。
喜劇的な最期を迎えるのも、悪くなかろう。