その56 鉄砲
うまく言えないがそれは、どうしても欲しかったポルノを手に入れるかどうかで迷っている時に似ていた。
心の中ではもう、とっくに答えが決まっているのに、どうしても踏ん切りがつかない。
――メイドロボ。
有機生命体との性愛を諦めた人間にとっての夢、である。
潔癖症をこじらせた、僕のような人間にとってそれは、極めて蠱惑的な提案だった。
――アリスも人が悪い。
僕のような人間にとって、人並みの幸福を得るためには、魔法の力を借りる他にないのだから。
”ジャイアントキリング”の実績。
恐らくだが、岩田さんを殺した時に得たものだろう。
――おまえはイカレている。まともじゃない。
――まともじゃないおまえが幸福になるためには、戦う他にない。
と。
そう言われているような気がした。
うん。
これは……もう……。
メイドロボに決めちゃっても……。
……。
…………。
………………。
いや。いやいやいや。
落ち着け。
いかに、メイドロボとやらが男の劣情を全て受け入れてくれるような、そういう夢のアイテムだったとして、今晩中にあれこれ試してみる暇はない。
今の僕には、優希と綴里の安全のために最善を尽くすという使命がある。
「うん……やっぱり……保留だな。これは」
そのように心を切り替えた後は、早かった。
メイドロボのことは、いったん綺麗に忘れることにする。
そして、。
「とりあえず今は、最後に残していたレベル上げを完了させよう」
次に取得する予定だったスキルを決定した。
選ばれたのは、《武器作成(中級)》。
そうした理由は単純で、先ほど取得した《死人操作Ⅵ》の、
・操作する”ゾンビ”が射撃する際のぶれが大きく減少します。
という能力を受けて、「そろそろ銃火器を持っておいた方が良いらしい」と判断したためだ。
ゲームの効率的な攻略法には、大きく分けて二種類がある。
・ゲーム開発者の意図しない強力な戦略を発見する。
・ゲーム開発者が意図した通りの正攻法を模索する。
前者は、巧く噛み合えば強いが、詰む可能性がある。
後者は、安定しているが、楽が出来ない。
今回はあえて、後者を選んだ格好だ。
「とりあえず《武器作成》の中級がどれほどのものか、試すか」
――では、武器を作成します。
――武器の作成レベルを決めて下さい。
――1、初級
――2、中級
ああ、ランクごとに分けられてる感じか。
「2番。中級を試す」
――では、作成する武器の種類を決めて下さい。
――1、近接武器
――2、遠距離武器
――3、その他消耗品
「2。遠距離武器を」
――では、作成する武器を選んでください。
――1、クロスボウ 消費MP:40
――2、ロングボウ 消費MP:45
――3、火縄式マスケット銃 消費MP:60
――4、燧石式マスケット銃 消費MP:65
――5、燧石式連発銃 消費MP:70
――6、燧石式水平二連銃 消費MP:75
――7、燧石式拳銃 消費MP:60
――8、燧石式……
「これは…………」
さすがにちょっと、苦笑いが漏れる。
前回のラインナップは、いかにも古代に発明された武器ばかり、というイメージだったが、今回は中世に発明された火器ばかり。これではとても役に立たない。
なお、近接武器の方は、
――1、鉄の剣 消費MP:45
――2、鉄の槍 消費MP:45
――3、鉄の斧 消費MP:45
――4、鉄の……
といった具合で、鉄製シリーズはここで完成している感じ。
日本刀とかレイピアとか、そういう特殊なものは作れないのかな。
「火縄銃の装填には、熟練した者でも20秒くらいかかるときいたことがあるが……」
それだけ時間がかかっていたら、のろのろ歩きの”ゾンビ”でも3、40メートルは動くだろう。
そうなってくるともう、普通に殴った方が手っ取り早い。
ここまで、ざっくりと《武器作成》のラインナップをチェックしてみて、――全体的に(初級)で作られる武器は古代に発明されたもの、(中級)は中世~近世、といったイメージだろうか。
「……やむを得んな。やはり(上級)まで取らんとダメか」
ということで結局、岩田さんとの戦いで手に入ったスキルは、《拠点作成Ⅱ》、《死人操作Ⅵ》、それに《武器作成(上級)》まで、という結果に。
「では早速、作ってみるか。てつはうを」
――では、作成する武器を選んでください。
――1、燧石式ライフル 消費MP:80
――2、雷管式ライフル 消費MP:85
――3、元込め式単発ライフル 消費MP:90
――4,ボルトアクション式小銃 消費MP:100
――5、回転式拳銃 消費MP:100
――6、反動利用式機関銃 消費MP:150
――7、自動装填式小銃 消費MP:120
――8、自動式拳銃 消費MP:110
――9、散弾銃 消費MP:150
――10、狙撃銃 消費MP:180
――11、ガス利用式機関銃 消費MP:200
――12、軽機関銃 消費MP:190
――13、短機関銃 消費MP:185
――14、携帯式対戦車兵器 消費MP:500
――15、簡易銃 消費MP:50
軽機関銃に、回転式拳銃。ボルトアクション式小銃……か。
ここまできて、ようやく聞いたことのある銃の種別が登場した。
これには、FPS好きな僕も、思わずニッコリする。
ただ、選択肢そのものはずいぶん、ざっくりしている印象だ。
携帯式対戦車兵器と言われても果たして、何を指すのか。ロケットランチャーなのか、対戦車ライフルのことか。
「うーん。……とりあえず、試してみないことには仕方がないな」
ため息一つ。
何にせよ、今後の戦いにおいて、銃は絶対に必要になる。
最低でも全員、何らかの形で武装させたいところだ。
とはいえまた、MP切れを起こしてぶっ倒れるのも間抜けた話なので、
「とりあえずこの、”簡易銃”とやらで練習してみるか」
――簡易銃。
不思議なことに人類は、弾丸だけが手元にあると、それを発射したくてたまらなくなる生き物らしい。
そんなわけで作り出された簡易銃は、口径がおおよそ合っている適当な長さの管と、ストライカーの役目を担った釘、それを十分な力で雷管に打ち付ける仕組みのみで構成されている。
なお、この手の銃で敵を殺傷できる確率は、暴発によって射手が死亡する確率と同程度だ。
という、武器のトリビアを聞き流しつつ。
「よし。やるか……」
嘆息気味に、作業を始める。
時刻は午前二時を回ったところ。
どうやらまだまだ、夜は長いようだった。