その38 バーベキュー
その牧歌的な光景は、つい十数分前まで血を見ていた僕たちからすると、少し異質にすら感じられた。
『ええっと……おーい。どーもみなさーん』
弟が声をかけると、すぐさま岩田さんがギラついた視線を向けたが、
『はい♪ ごはん大盛り! お腹すいてたんだよね!』
と、かさねさんが漫画みたいに山盛りの茶碗と手渡すことで、『おっとと……』と、注意がそちらに向く。
ほっぺたに少し土をつけた美春さんがこちらに気付いて、
『おかえり、二人とも!』
『あ、ああ。どうも』
『首尾はどうだった?』
『優希たちとは……ええと、入れ違いになりました』
『そうか。残念だったな』
『いやまあ、二人ともたくましく生きてるみたいなんで、それはいいんですけど……』
『この状況は、いったい?』と続く弟の言葉を遮るように、
『かさねが、――何もせずに閉じこもってるなんて厭だと言い張ってな』
まあ、確かに。
言われてみれば、『ただじっとしていろ』というのも酷な頼みだったかもしれない。せめて、何か簡単な作業を任せておくべきだった。
『最初は、倒した”ゾンビ”たちを焼いてしまおうという話だったんだ。それで死骸を一箇所に集めていると、――岩田さんが話しかけてきてな』
『亮平くん、岩田さんのこと「ヤベーやつだ」みたいに言ってたけど、ぜんぜんそんなことなかったよ!』
かさねさんの言葉に、亮平は目を丸くする。
『え、ちょ、それ、本人の前で言う?』
『私は隠しごとをしないタイプなのですよん』
『マジか……』
気まずい表情で岩田さんを見ると、彼女もまた、渋い顔で視線を逸らした。
そんな二人を見て、美春さんたちはくすくすと笑う。
『岩田さん、ここまでくるのに、すっごく怖い思いしたんだって! それで、亮平くんに乱暴したんだと思う。でしょ?』
すると、彼女はぎょろりとした目を伏せて、ぼそりと囁いた。
『かさね。――あんまり余計なことを言わないで』
『だぁかぁらぁ。こそこそするからダメなの! いったん、ぜーんぶ丸裸にしちゃえば、みんな仲良し! 戦争もなくなる! 平和!』
『……平和って。あんたねえ……』
すごい。
ヒステリックに包丁を振り回していた女の方がツッコミに回っているぞ。
この時に気付いたのだが、コミュニケーション能力というのはある意味、無神経であるということにも連なる素養なのかもしれない。
『それよりそれより! 岩田さん、もともとはテレビ番組で、音響関係の仕事してたんだって! すごくない? 『超勇者ブレイド』のアテレコとかにも立ち会ったって聞いたよ。あと、あの田の中勇さんにも会ったことあるって! 知ってる? 目玉おやじの声の人。「おい、鬼太郎!」って、パパがよく真似してたなぁ~。あと、伊武雅刀さんとか、納谷悟朗さんとか! レジェンドのサイン、いーっぱい持ってるって!』
『かさね。それ以上いけない。オタク特有の早口が出てるぞ』
『えへへ』
かさねさん、声優オタクだったのだろうか。
だが、彼女の持ち上げ方がうまいのか、岩田さん、少し得意げに口角を上げている。
『――まあ、私に言わせれば、声優とかって連中、少し神格化されすぎてると思うけど。案外あいつら、幼稚なヤツばっかりよ』
などと、ちょっと業界を囓った人なら誰でも言えそうな台詞を口にするあたり、信憑性に欠ける気がするのは僕だけだろうか。
『はいはいのはいっと! おしゃべりはそこまで! みんな、鶏肉も焼けてきたよ! さーあ食え。たんと食え!』
と、そこで、早苗さんがトングを使って、みんなの皿に大量の肉を取り分けていく。焼き肉のたれとマスタード、マヨネーズなど各種調味料が並んでいた。
『ほい! 岩田さんは特別、にんにくたっぷり載っけたヤツね!』
『当然よ。ぜんぶ、私が買った肉なんだから』
『いやーははは。ごちになります!』
一人だけ皿を受け取っていない弟は、ちょっぴり申し訳なさそうに、
『おれも、その、ごちそうになっていいっすか。腹ぺこなんす』
すると岩田さんは、心の底から厭そうな顔を作る。
そこでかさねさん、炭酸水のペットボトルを開けながら、『ああ、そうそう』と手を打った。
『ところでカリバちゃんに亮平くん』
『はい?』
『二人とも、殺し屋じゃないよね?』
『は? ころしや?』
『うん。岩田さん、そのこと、ずっと気にしてたからさ』
『殺し屋って、なんすか。人を殺して報酬を受け取る人?』
『うん。そのひと』
『いや、ぜんぜん。とんでもない。報酬って、なんのことっすか』
かさねさん、ドヤ顔で岩田さんに向き直って、
『ほら! いったじゃん。なんでも素直に聞いてみるのがいちばん!』
その言い分は、相手が正直者であることが前提にある気がするが。
とはいえ、弟の返答に嘘や誤魔化しと捉えられかねない要素がなかったのも事実。
岩田さんはしばし、豪姫と亮平を見比べていたようだったが、
『まあ、いいわ。どうでも』
と、嘆息して、
『余らせてももったいないわ。食べなさいよ』
意外にも寛容なところを見せた。
今さらになって気付いたが、どうやら彼女、先ほど会ったときと比べて、随分と物腰が柔らかくなっている。髪をすいて服を着替えたからかも知れない。
恐らくだがこれも、かさねさんの提案だろう。
――女の子なんですよ! 見た目をちゃんとしないと!
などと、半強制的に髪を櫛を入れている彼女の姿が目に浮かぶようだ。
それにしても、我々が席を外している数時間で、ここまで打ち解けるとは。……こうやって自分の要求を受け入れさせる手段もあるのだなと感心する。
初めて会ったときは、足手まといのように思えたかさねさんだが、こういうタイプも案外、集団がまとまるのには必要なのかも知れない。
……と、学びを得たあたりで、ぐぅー、と腹の音が鳴った。
ひとまず僕は、豪姫を安全そうなところに座らせ、一階に向かう。
そして、豚カルビ弁当ときゅうりの浅漬け、それにカップ麺を取り出し、蓄電池の容量を確認。電力に問題がないことを確認して、さっとそれらを温めていく。
その間、氷を入れたグラスに、マウンテンデューを注いで、と。
五分もせずに食事の準備を済ませ、階段を上がっていく。
すると、PCモニターの中にいる弟が、脳天気にけらけら笑いながら、渡された缶ビールの三本目を開けているところが見えた。
椅子に座って、キーボードを手の甲で脇にどけて。
「――乾杯」
僕も、小さく呟く。