表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/300

その36 駅前での防衛戦

『下がってください! ”ゾンビ”はおれの仲間が始末します!』


 通常であれば、突如として現れた妙なガキの言葉に従うものなど、いなかっただろう。

 だが皆、大なり小なり気付いていた。このままでは壁は破られ、”ゾンビ”どもの餌食になるのは間違いない、と。

 だから彼らは、目の前に差し出された藁にすがるしかなかった。


 声をかけ合うこともなく、その場にいた全員がぱっと壁から離れ、――その数秒後、めきめきめきと音を立て、脆弱なバリケードが張り裂ける。

 宵闇の中、ぞろぞろとこちらに向かってくるのは、その場にいた全員を絶望させるには十分な死人たちの姿だ。

 ここまで生き残ってきた屈強な男たちであれば、数匹程度の”ゾンビ”なら対処できただろう。

 だが目の前に現れたのは、少なくとも三十匹以上の群れである。


『わあああああああああああああああああああああッ!』


 仲間に危機を知らせる意味を込めてか、数人があらん限りの声で絶叫した。無論、彼らに向かって、”ゾンビ”たちは大喜びで近づいていく。

 そんな奴らの頭部を、僕は冷静にクリックしていった。


 カチ、カチ、カチ、と。


 まるで、害虫の駆除業者がそうするように。冷静に。感情を交えず。「これが終わったら、うまいもの食って寝よう」くらいの気持ちで。


 僕が正確に”ゾンビ”たちの頭部を捉えるたびにロングソードが閃き、死人たちの頭部が破裂していく。

 とはいえ、作業は簡単ではなかった。


――敵が……密集しすぎている。


 バリケードを破ってきた”ゾンビ”たちは、これまで相手にしてきた連中と違って、完璧に一個の群体となっている。できれば各個撃破といきたいところだが、あまりのんびりもしていられない。亮平を始めとするその他の人々まで被害が及びかねないためだ。


 強く歯がみしながら僕は、――場合によっては豪姫を犠牲にすることを考えている。やむを得ない。常人と死体では、やはり前者の命が重い。


『す、すごいぞ』『あの女の子、一人で戦ってる!』『がんばれ、おじょうさん!』


 避難民の声援が聞こえているが、苦い気持ちの方が大きい。助かりたければ静かにしていてくれと言いたかった。

 普段、あんまり褒められ慣れてないから、指先に変な力が入ってしまうのである。


「――むッ!」


 そして案の定、敵との距離を見誤る羽目になった。

 ロングソードが”ゾンビ”の頭骨を破壊しきれず、がっちりと固定されて抜けなくなってしまったのである。

 まずい。

 僕は眉をしかめて、すかさずこちらに襲いかかってくる”ゾンビ”の一匹に視線を移し、苦し紛れにワンクリック。


『……があ!』


 すると驚くべきことに、豪姫がその場でぴょんと跳ね、強烈な後ろ回し蹴りを繰り出した。

 被っていたキャスケットが宙を舞い、数匹の”ゾンビ”がバランスを崩す。


――足はッ?


 以前、警察官の腕を痛めた時の記憶が蘇り、ほんの一瞬だけそちらに視線を向けたが、幸い怪我はなさそうだ。

 どうやら豪姫の方でうまく力加減してくれたらしい。


『ヴヴヴヴヴ、カァッ……!』


 とはいえ、さすがにそれ一撃で”ゾンビ”を殺すには至らなない。だが数秒の隙を作ることはできた。

 それだけあれば十分、


『兄貴! これ!』


 代わりの武器を手に入れる時間はある。

 僕は抜き身の脇差しを受け取って、襲いかかる”ゾンビ”を冷静に対応していく。


 結局、――全ての”ゾンビ”を狩るのにかかった時間は、全体で五分ほどだったか。

 どうやら一人の死傷者も出すことなく、今回の襲撃を乗り切ることができたらしい。


 ”ゾンビ”の脳天に突き刺さったままのロングソードを引き抜き、ホッと一息……つく暇もなく、


『りょうへい。バリケード、はよ』

『えっ、ああ、そうか……そうだ! みんな! もうここは安全だ! はやく防壁を!』


 叫ぶと即座に、弟が中心となってトタン壁の修復が始まる。

 こうなると僕には出番がない。荷物運び程度ならできるが、”ゾンビ”たちには細かい作業ができないのだ。


――あのホームセンターにある資材があれば、もっと強固な防壁を築けるのだが。


 などと思っていると、先ほど見かけたボックスワゴン車が一台、もの凄い勢いでバリケード前に横付けした。

 運転手は先ほど見かけた、ゴブリンめいた格好の男で、


『おい! この車のタイヤを抜いて、壁の代わりに!』

『いいのか吉岡さん。まだローン残ってるって……』

『言ってる場合かあっ!』


 そして、”ゾンビ”どもを始末するよりも手っ取り早く、バリケードの再構築が終了した。

 新たに頑丈な作りの壁が出来上がってようやく、慌ただしかった避難所に、安堵の表情が見られるようになっていく。


 その時だった。

 例のファンファーレが頭の中に鳴り響き、


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


――おめでとうございます! 実績”はじめての安全地帯”を獲得しました!

――おめでとうございます! 実績”修復”を獲得しました!

――おめでとうございます! 実績”死後の善行”を獲得しました!


「よしッ!」


 そうしてようやく、僕はがくーんとゲーミングチェアに上体を倒す。


 レベルアップのアナウンスが戦闘終了を告げるものならば、――これでメタ的にも、脅威は取り除かれただろう。

 見ると、弟が豪姫の頭をぽんぽんと撫でていて、


『やったな兄貴! おれたちヒーローだぜ!』


 と、笑っている。

 もちろん、豪姫に比べれば大した仕事をしていないが、――弟のアシストがなければ無傷では済まなかったのも事実だ。

 あの臆病な男が、よく最後まで逃げずに留まってくれたものである。


 まあ、気安く豪姫の頭を撫でたことに関しては、万死に値するが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ