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その35 二人の手がかり

 その後、再び僕たちは『紫髪のオンナ見ませんでしたかー』と声をかけながら並木通りを進む。

 亮平の背中を追いかけながら、僕は先ほどのアリスの言葉を思い出していた。


――一人は”射手”、一人は”魔法使い”、一人は”剣闘士”の才能があった。


 この言葉。……そういえば以前、彼女はこんなことを言っていたな。

 《死人操作》は、”死霊術師”のジョブ・スキルである、と。

 ここまでの情報があれば、ゲーム知識と照らし合わせれば何となく、今後の展開は予測できる。


 つまり今後、レベルアップによるスキル選択とは別に、”ジョブ”なるものを選ぶ時が来る、と。

 しかし、その”ジョブ”を取得する条件はなんだろう?

 レベルアップか、何かしらの行動を起こすことか。


 恐らく、ジョブの決定はやり直しがきかないだろうから、できる限り扱いやすいものを選ぶべきだろう。特に僕の場合、直接戦闘力が上がっても意味がないから、慎重に選ぶ必要が出てきそうだ。


 ふと、振り向いて、先ほどアリスが出てきた団地を見る。

 

 今からでも戻って、”プレイヤー”を探すべきだろうか。

 ……いや、落ち着け。

 見たところこの集合住宅地に建てられたマンションは、およそ九階から十階建て。部屋数で言うなら二百は下らない。

 場合によっては他の建物を回ることを考えると、それが十棟にもなる。どう考えても、全てを訊ねて回るのは現実的ではなかった。

 それにそもそも、アリスには瞬間移動の能力があったはず。建物から現れたあの動きそのものが罠である可能性は十分にある。

 今は別のことを優先すべきだ。


『なあ、兄貴』

『………………』

『おい、兄貴っ!』


 声をかけられて、ようやくそちらに気付く。

 少しばかり、思索に熱中しすぎていたらしい。

 どうもあの白髪の少女にはペースを狂わせられてしまうな……。


『二人の情報。そこのおばさんが、綴里を見たって』

『なに?』

『……やっぱ聞いてなかったのか。カリバちゃんまでぼんやりしちゃって』

『すまん』

『どーやらやっぱり、綴里と優希はここを通って行ったみたいだなーっ。綴里のやつ、なんか髪を隠してコソコソしてたから、みんな気付かなかったみたいだ』

『そうか』

『タイミング的に、おれたちと優希は完璧に入れ違いになったっぽい。一本道が違ったらばったり出くわしてたのに、惜しかった』


 最適解を進むことが最良とは限らないということか。


『何にせよ、――もうそろそろ暗くなってきてる。今日は美春さんたちのところに戻ろうぜ』

『そうだな』


 正直僕は内心、「あの三人を保護したところで、何の役に立つのだろう」という冷酷な発想を拭いきれずにいる。

 場合によっては、さっさとこの避難所に厄介払いしてしまった方が、身軽になって良いかもしれない。


 弟のテンションがだだ下がりになるだろうから、わざわざ口に出して言わなかったが。



 二人、駅前の交差点に到着した辺りだろうか。


『おーい! 誰かーッ! 誰か来てくれー!』


 と、この寒い時期に、胸元まで汗でぐっしょり濡れた男が現れた。


『奴らだッ! 奴らが来て、バリケードを殴ってる!』


 僕は、亮平と一瞬だけ目配せして、


『どこっすか!?』

『すぐそこ……駅側の壁だッ』


 見ると、そこには先ほど僕たちが昇ってきたのと似たようなトタンのバリケードがあり、その一部が度重なる衝撃を受けて、丸くへこんでしまっていた。

 すぐさま、へこんだ位置に男衆が群がり、なんとか押し返しているようだが、時間の問題だろう。

 ”ゾンビ”の持つ最も恐ろしい特性は、決して疲れず、そして全く諦めない点にある。奴らは常に、真綿で首を絞めるように人間を追い詰めていくのだ。


『な、何……?』『大丈夫なの?』『言わんこっちゃない。あのバリケードじゃ』『ねえ、逃げた方がいいんじゃ』『今からでも、団地に入れてもらおうよ』『ダメだよ、だってあいつら……』


 遠巻きに、ここいらに住まう人々が集まってきていた。すでに手持ちの家財を持ち出しているテントもある。

 どん、どん、という音が鳴るたびに、トタン板がこちら側に押し込まれていく。

 そのたび、わあ、と、避難民の悲鳴が上がった。その悲鳴に呼応して、”ゾンビ”たちのうなり声が聞こえてくる。ひどい悪循環だ。


――それにしても、なんで急に”ゾンビ”の群れが現れた……?


 僕は少し考え込んで、さっと周囲を見回す。

 答えは、あっさりと見つかった。

 すぐそばにある建物の七階の一部屋に、煌々と明かりが灯っていたのだ。恐らく自家発電機か何かを使っているのだろう。かすかにエンジンを燃焼する駆動音が聞こえていた。


『りょうへい。あれ』


 僕が言うと、弟は素早く状況判断する。


『あっ! あれだ! あの光に”ゾンビ”が惹かれてるんです!』

『何』


 汗まみれの男は目を剥く。


『なんてこった! あれほど夜間の点灯は禁止と言ったのに……ッ』

『誰かあそこに走って、光を消させてください!』

『わかった!』


 男が威勢良く応えて、走り去っていく。

 弟は、武者震いする両手をごしごし擦りながら、


『なあ、兄貴』

『なんだ』

『これって、あれだろ。経験値獲得……の、チャンス、だよな?』


 その提案はまるで、僕がここの人たちを見捨ててどこかへ行ってしまうことを危惧しているかのようだ。

 もちろん、自己の安全を最優先に考えるのであれば、それが正解だろうが……。


『りょうへい。みんなを、さがらせろ』


 いくらなんでも僕だって、そこまで無情な人間ではない。


『……ああ、……おうっ!』


 背中に収めておいたロングソードを取り出し、鞘を抜く。

 暗闇に染まる中、銀色の刀身が鈍く輝いた。


『ためしぎりだ』

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