その34 良好な関係
アリスのやつ、――さすが超常の存在、といったところか。
僕が操作する豪姫と目が合うと、「お、やってるー?」といった具合に気軽に片手を挙げて、
『よおよお。元気そうでなにより』
どうも、僕に語りかけているらしい。
アリスは一瞬、目を青色に輝かせたかと思うと、
『いま、……おぬし、レベル5か? けっこう頑張ってるじゃないか♪』
と、にやりと唇を斜めにする。どうやら、何かの術を使ったらしい。
弟は眉を段違いにして、
『アルビノの子供。――ひょっとしてあの娘が、兄貴の話してた、アリスっていう……?』
『りょうへい。ちょっとだけ、だまってろ』
また、煙のように消えられても困る。
僕は、最速のタイピング速度で第一声を入力した。
『アリス。ぼくがわかるのか』
『うむ。灰里じゃろ。――その後、どーじゃ? 《死人操作》は、オモロいか』
「役に立つか?」ではなく、「面白いか?」か。
『それは……うん。とてもたすかっていて、……けっかてきに、ゆかいなきぶんだ』
『はっはっは。そりゃあ良かった!』
無邪気ににかーっと笑ってみせる彼女に、毒気が抜かれそうになる。
やはりこの娘には、……悪意はないのかもしれない。
むろん悪意がないからといって、その存在が邪悪であることに変わりはないが。
『どんどんレベルアップしていけよー。おぬしの力が面白くなるのはこれからで……おっと! これ以上はネタバレだけど! うふふ!』
……こいつは。
いま世界中で何千万、あるいは何億という人間が苦しんでいることなどお構いなし、といった感じだ。
僕は少し眉間を抑えて、
『それよりおまえ、ここでなにをしている?』
『ん? 何って?』
『とぼけるなよ。また、だれかに”プレイヤー”のちからを……』
『ああ。それな』
アリスは、肌以上の真っ白い歯をニッコリ見せて、
『もちろんその通り。ちょっとばかり逸材を見つけての。面接してきた』
面接……。
『じゃあ、いるのか。このへんに。ぼくいがいの、”プレイヤー”が』
『うん』
『おまえ……ッ』
胸の中に、熱をもった煙のようなもやもやが生まれた。
それは、悪漢どもを殺した時にすら感じなかった気持ちで、瞬間、僕は彼女を絞め殺したい欲求に駆られる。
僕の感情に反応したのだろうか、豪姫まで『ぐるるるるるる……』と、低くうなり声を上げる始末だった。
『どーした? おぬしひょっとして、妬いとるのか? 「特別なのは自分だけじゃないのかー」って』
『……なんだと』
『ジョークじゃ、ジョーク』
呵々と笑うアリス。
『しかし、ここんとこ大漁よ。三人も新人を見つけられた』
『なに? ……さんにんも?』
『うむ。しかもみーんなJK。やっぱあの世代の娘は逸材が多くてなァ』
”プレイヤー”のバーゲンセールだな。
案外この、不思議な力を与えられた者は少なくないのかもしれない。
『一人は”射手”、一人は”魔法使い”、一人は”剣闘士”の才能があった。どいつもこいつもすっかりイカレてて、きっと良き”プレイヤー”になる。楽しみじゃのー』
そこで口を挟んだのは、弟だった。
『なあ、女神さま。……あんたが覚醒させた人の中に、岩田さんって女はいるかい』
どうやら、黙っているのが我慢できなかったらしい。
一瞬、アリスの機嫌を損ねる可能性を考えたが、どうも「女神さま」呼びが功を奏したらしく、
『わし、女神じゃないけど』
アリスのヤツ、なんだか頬を朱に染めている。
前回も似たようなことがあったが、案外その辺がこの娘のツボなのかもしれない。
『じゃあ、神秘的な力を持ったお嬢さん。――どうなんだい。岩田って苗字の女だ』
『知らんよ。勧誘したやつ以外の覚醒には……わし、関わってないし』
『そうか……』
当てが外れて、弟は大きく嘆息する。
だが、結果的にはナイストライだ。
どうやら”プレイヤー”の覚醒は、アリスの勧誘を受けるばかりが条件の全てではないらしい。
『……ちなみに、そのさんにんは……、そこのたてものの、どこかにいるのか』
僕は、アリスがいま出てきた団地を指さす。
『うふふ。ひみつー』
『いじわるいうな。おしえてくれ』
『そういう訳にはいかん。おぬし、そいつのところを訊ねていって、殺してしまうつもりじゃろ』
お見通しか。
『”イカレている”やつに、つよいちからを、あたえるのは、きけんだ』
『そうか? イカレてなきゃあこの世の中、生きていけないと思うがの』
そう言ってまた、アリスはさっと背を向けた。「話はここでお仕舞い」とばかりに。
――行かせてなるものか。少しでも、情報を……。
僕はぎゅっと歯を食いしばって、タイピングを急ぐ。
『アリス。もうひとつだけ、しつもんがある』
『なんだ?』
いま。
……いま起こっていることは、いつ終わる?
訊ねかけ。
エンターキーを押す直前、「ダメだ」と気付く。
そう口にした次の瞬間、――彼女と僕のこの、良好(?)な関係性は終わりを告げるだろう。
そう直感的に、察したためだ。
だから僕は、その質問を全て削除して、
『……この、スキルのちから、だけど。PS4のコントローラとかには、たいおうしないのか』
『ええええええ!? パパパパッドでFPSwwwww』
『いいだろ。たまには』
『うーむ。まあ、ええじゃろ。そのうち、使えるようにしちゃる』
『たすかる』
『そんじゃ、また今度遊びに行くわ。……あ、行く前に予告が必要なんじゃっけ』
『ああ』
これでいい。
いまはただ、この関係を繋いでおくだけで。
そしてアリスは、サヨナラも告げずに人混みへと消えていった。