その32 ロングソード
その後、僕たちは、
――できるだけ、優希たちの足取りを追いながら戻ろう。
特に相談することもなく、次の方針を決める。
弟がアパート中の物資を探っている間、僕は地図を開いていた。
所沢市周辺について書かれたそれを、しばらく睨み付けて、
――ここから僕の家に向かうなら、二人はどういうルートを通る……?
イメージし、さっと赤い蛍光ペンで色を塗っていく。
これまで我々は”ゾンビ”を迂回するルートを選んできた。
だが二人は、最短でこちらに向かっているはず。
となると、その道中のどこかで足止めを喰らっている可能性は高い。
――航空公園の北。米軍の通信基地がある辺りを進んでいる可能性があるな。
一応、”ゾンビ”どもの大きな群れからは外れているが……。
『なあ、兄貴!』
と、そこで弟ががしゃがしゃと音を立てて現れた。
『これ、見ろよ。大発見だ!』
その両腕に抱えられているのは、鞘に収められた実に見事なロングソードである。それと一緒に、一振りの日本刀まであった。
『こんなんが数本。まだまだ在庫あり。それぞれ登録証つき。たぶん美術商かなんかが、倉庫代わりにしてたんじゃないかな』
『ほう』
それはわかるが、どうにもきな臭い。
たしか日本の銃刀法では、美術品扱いである日本刀を除く刀剣の扱いには厳しかったはず。
こんなオンボロアパートに保管されていたことを考えると、――あるいは、非合法な商売でも行われていたのかもしれないな。
『さ・ら・に。どうやらそこ、すでに先客がいたみたいだ。たぶん、綴里と優希じゃないかな』
『どうしてそうおもう』
『奪われてたのは、小太刀が二本。非力な二人が選びそうなやつだった』
弟にしてはなかなか良い着眼点だ。
『ってわけで、どうする? ……どっちの鉄のつるぎがいい?』
『ロングソード』
『ここで そうび していくかい?』
『うむ』
僕は、先ほどの戦いで刃先がぐにゃりと曲がってしまったショベルを破棄し、ロングソードを受け取る。
それの全長は100センチほど。日本刀のような繊細さはないが、しっかり斬りつけることができて、頑丈そうな作りだ。また、敬虔なキリスト教徒であることを示すためだろう、全体的に十字架を模した形をしている。
試しに素振りしてみる、……と、体重不足のためか、ちょっぴりそれに振り回される格好になった。
『ありゃ。カリバちゃんの身体じゃ、ちょっと大きすぎるか? やっぱ日本刀の方が良いかな?』
『いや。これでいい』
『あら、そう?』
実際僕は、それを気に入っていた。
”ゾンビ”狩りを行うなら、これくらい武骨な武器の方が役に立つだろう。
人間の脂は粘つく。殴りつけたり、刺したりすることに特化した武器の方が良い。
『カリバちゃんは てつのつるぎを てにいれた! ……てな!』
はいはい。
『こっちも、みちはきまった。ついてこい』
『オーケイ。じゃ、行こうぜ』
そうして我々は、しばし画一化された街並みが続く住宅街を歩きながら、優希たちの足取りを追う。
『こっちで、間違ってなきゃあいいけどな』
弟はしばらく心配そうにしていたが、僕の想定の正しさは、わりとすぐに証明された。
鋭い刃物で頭部を一閃されたと思しき”ゾンビ”の死骸がちらほら、道路のあちこちに散見されるようになってきたのである。
『すっげ……これ、優希がやったのかな。おれ、もう二度とアイツに逆らわないことにするよ』
どうかな。少なくとも僕は、あの娘が運動神経抜群だったとは聞いてない。
それならまだ、男である綴里が戦ったという方が納得できる。
「しかし……我々ほど余裕があった訳ではなさそうだな」
二人が始末しているのはどうも、必要最小限度の”ゾンビ”ばかりだ。
――意気揚々と道に出たはいいが、……だんだんとバテてきてる。そんな感じだな。
しかし、追跡が順調だったのは、それから十数分ほどだった。
理由は単純。足止めを喰らったのである。
航空公園を左手に、二車線の道路を進んでいくと、……突然だった。
並木通りに接続する交差点辺りに、少なくない人間の気配があったのは。
『これは……?』
亮平が驚いていると、気のよさそうなひげ面のおじさんがこちらに気付いて、
『お。……おおおお? 君たちひょっとして、人間かーっ?』
と、ぶんぶん手を振った。
『おっす! 人間ッす!』
元気よく弟が返答すると、『よかった!』と、彼は満面の笑みを作って、
『こっちだ! こっちは安全だ!』
と、叫ぶ。
『マジすか! やった!』
素直な弟が、ダッシュでそちらへ駆け寄っていく。僕は、念のため用心しながらその後ろに続いた。
見るとそこは、サラリーマンが日曜日にDIYした程度のクォリティのトタン板が並べられており、簡易だがバリケードが作られているらしかった。
『いやあ。ここまで大変だったろう。上がっておいで!』
男の人はにっこり笑ってハシゴを下ろす。
弟はそれに足をかけ、一瞬、こちらを振り向く。
『行って良いかな?』と聞きたいらしい。
僕は少し考えて、
『とりあえず、はなしをきこう』
と、応えておく。
万事了解した亮平は、
『すんません! ちょいと人捜しっす! 最近ここいらに来た若いやつで、神園優希ってオトコ女と、天宮綴里っていうオンナ男を捜してるんすけど……』
オトコ女とオンナ男。実に端的に、二人を言い表した言葉である。
二人は、男装女子と女装男子のコンビなのだ。
『今どきみんな、誰かしら探してるさ! とにかく上がっておいで! 危ないから、はやく!』
どうもこのおじさん、一秒でも早くハシゴを仕舞ってしまいたいらしい。
その様子はまるで、そのハシゴが天国と地獄の架け橋だと思い込んでいるかのようだ。
弟が、道に迷った仔犬のように再び、こちらを見る。
それに僕は、ぴょんと二度ほど跳ねて合図した。「ゴーサイン」である。
どうもこの壁の向こうでは、難民がキャンプを張っているらしい。少なくない人々の、活気ある声が聞こえてきていた。
――この避難所で二人は、しばらく休んでいる。
それがいま考えられる、最良のシナリオだが。
さて。