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その31 ターミネーター

 アパート全体から、どん、どん、と何かを叩き付ける音が聞こえている。

 そのうち、いくつかの扉が破られて、わらわらと死者たちがエントリーした。


『うううううう……』

『おおおおお……』

『あああああああ……』


 最早、特殊メイクのエキストラさんにしか見えなくなっている死人の群れが十六匹。どうやらここ、――”ゾンビ”の巣だったらしい。


『げ。わらわら出てきた……!』


 苦笑いしつつ、――それでも弟に、以前のような深刻さはなかった。

 無理もない。僕と豪姫の力を信用しきっているのだろう。

 ただ一点、気がかりなのは、”ゾンビ”たちの中に優希と綴里の顔がないか、ということだった。

 アパートから距離をとりつつ、一匹ずつ、連中の顔を確認していく。

 受験の合格発表の時を思わせる、緊張の時間が数分ほど。

 そして、


『良かった。二人とも、この中にはいないぜ……!』


 兄弟二人、ほっと胸をなで下ろす。

 僕は大きく息を吸い込んで、集中力を研ぎ澄ました。


 こちらに向かって、無数の手が伸びる。

 そこでふと、――そのうち一人の顔に、ちょっとした因縁があることに気付いた。


「……む」

『どうした、兄貴?』

「なんでもない」


 声は届かないとわかっていたが、思わず答えている。


 実を言うと一度だけ、ここのアパートの住民と関わりをもったことがある。

 二年ほど前、部活の後輩でもあった神園優希に頼まれて、彼女の部屋に泊まったことがあるのだ。隣に住む土方の兄ちゃんにしつこく誘われるので、彼氏のフリをしてほしい、と言われたのである。


――う、うふふふふ。それじゃオレ、いや、わ、私、先にシャワー浴びてくるワね!

――ウム。ではその後、ぞんぶんに交尾を愉しむとしよう。

――アッハッハッハ。ご冗談を。ぶん殴りますよ、センパイ。


 それにしても、あの時の演技はかなりひどかったように思う。お互い、男女のお付き合いに関しては、漫画の知識しかなかったのだ。


 それでも、恋する男の目を誤魔化すには十分だった。


――アラ、お隣さん。こんにちは。

――どうも。彼氏です。神園優希は、僕のオンナでございます。ヨロシク。


 その時の彼の表情は、今でも良く憶えている。


『……お、お、お、お、お、おおおおお……』


 ちょうど今、彼がしている顔に似ていた。

 泣いているような。曖昧に笑っているような。

 なんだか、身体の芯に痛みを受けているような。


 結局彼は、真実を知らずに”こう”なってしまったらしい。


――惚れた相手のことならば、せめて事実を知ってから死にたいものだな。


 ……と、逡巡していたのは、そこまで。

 せめて殺るなら一瞬で。苦しませずに逝かせたい。


『やるぞ』

『――ん? ああ。頼む。いつでもどうぞ』


 弟が応えると同時にWキーを入力し、作業服の彼に接近していく。

 タイミングを見計らって左クリック。

 憐れな彼の、首から上が吹き飛ぶ。

 Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。Wキー。左クリック。

 

――おめでとうございます! 実績”ターミネーター”を獲得しました!


 機械的に全ての”ゾンビ”を始末すると、アリスの声が頭の中に鳴り響いた。



 一応、もうそこに”ゾンビ”の反応がないことを確認してから、――。


『そんじゃ、入るぜ』


 弟が、一階にあるベランダを登って、すでにたたき割られている窓から優希の部屋に入り込む。


『へえ。あいつ、結構片付けてるじゃないか。兄貴とお似合いだな。神経質なんだ』


 ずけずけと言ってのける弟に、僕は思い切り眉をしかめた。

 この手の言い合いに豪姫の口を借りるのには気が引けたが、


『ぼくとゆうきは、つきあってない』


 すると亮平は、ちょっと意外そうにこっちを向いて、


『へ? そーなの?』

『そうだ。かんちがいするな』

『でもおれ、優希本人から聞いたんだけど』

『それは……』


 額を押さえる。


『おまえも、”しつこいおとこ”だったということだ』

『????』


 なんだかこうなってくると、意地でも彼女には生き残っていてほしくなってきた。

 本人からいろいろと、弁明することがあるだろうから。


『それより、りょうへい。どうだ。ゆうきの、てがかりは』

『それが、――困ったことに……』


 弟は、苦い表情を覗かせて、


『ばっちり見つけちゃいました!』


 と、実にくだらない茶目っ気を見せた。その手には、太字のマジックインキで書き込まれた、優希の書き置きと思しきコピー用紙がある。


『で、なんてかいてる』

『ええと……「オレはツヅリと、センパイをたすけにいく。」だってさ。……センパイって、兄貴のあだ名だよな?』


 なんだと?

 二人がこっちに向かっている?


『……いきちがいになったか。それ、いつ、かいたものか、わかるか?』

『わからん。あいつ、書き忘れてやがる』


 すんすんと紙に鼻を近づけて、


『でも、まだかすかにインクの臭いが残っているような……。たぶんそれほど時間がたってないんじゃないかな。数時間から……一日。どうだろ』


 何にせよ、二人がこちらに移動したなら、もっと早く到着してもおかしくない。

 どこかで足止めを喰らっている可能性があるな。


『やむをえん。いちど、さんにんのところへ、もどろう』


 優希たちは善かれと思ってしたことかもしれないが、お陰で話がややこしくなってしまった。

 僕は大きく息を吸い込んで、――結果的に、ここまでの移動が無駄足になってしまったことに気付く。


『しかし、それにしてもこの書き置き、少しおかしくねえか』

『?』

『この書き方だとあいつら、おれたちを助けようとしてるみたいじゃないか』

『そうだな』

『だろ。……これじゃあまるで、二人の方がスーパーマンになったみたいだ』


 ふむ。

 たしかに、な。


 どちらも特別、喧嘩が得意だったイメージはないのだが、……はて。

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