表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/300

その30 彼女のアパート

 供されたペペロンチーノを、刻んだ唐辛子の一欠片すら残さず平らげた弟は、口直しの水をごくごくと飲み干して、


『ええと……それで、ですね』


 と、切り出した。

 なお、この後に話す”計画”は、先ほど二人きりの時に相談しておいた内容である。


『これからおれ、カリバちゃんと二人で仲間を助けに行く予定です』

『仲間?』

『ええ。優希と綴里って言って……まあ、古い馴染みなんです。航空公園の方に住んでるんですけど』

『航空公園……』


 美春さんたちは、心配そうにお互いの顔を見合わせて、


『私たちもそこから来たところだが、……あっちの方は、かなり……』


 彼女が言いたいことはわかっていた。

 僕もすでに、マップ機能で確認済だ。特に、所沢プロペ通りと呼ばれる商店街の辺りは、とてつもない量の”ゾンビ”が確認されている。正直、今の豪姫の力を持ってしても勝負にならないレベルの数だ。真っ向から叩けばたぶん、彼女の腕か武器か、どちらかが壊れて使い物にならなくなるだろう。


『わかってます。だから、助けに行かないと』

『ふむ』


 美春さんは少し考え込んで、


『それで、私たちはどうすればいい?』

『特に何も。皆さんにはできれば、ここに居残ってほしいんです』

『何もせずに?』

『ええ。おれたち、仲間を救出次第、戻ってきますので。そしたらまた、次のことを考えましょう』

『ふむ……』


 美春さんは、チラリとかさねさんの方を見て、


『――そうだな。私たちは、ただの足手まといだ』

『とんでもない。あのパスタ、最高に美味かったっすよ。元気でました』

『そんなの、大したことじゃない』

『古来より、危険な仕事は男の役目って決まってるんす。任せてください』

『一番危険な仕事を担ってるのは、カリバさんに見えるけど……』

『へへへ。確かに』


 弟もさすがに、これには反論しない。『彼女を操ってるのは兄貴なんです』などと口を滑らせようものなら、あとで説教してやるつもりだった。


『それで、もし……もし、おれたちが戻らなかったら……』

『わかってるさ。お兄さんを頼るんだろう』

『はい。でも、そのつもりはないっす。おれ、仲間はみんな助けて、あのホームセンターに居座ってる女の人も助けて、生き残ってる人をみんな助けて……ぜったい”ゾンビ”どもがよりつかないような、……そういう場所を作りたいから』

『ん。立派な考えだ。――ますます、”救世主(メシア)”さま、って感じだな』

『へへへ。あざっす』


 話を聞きながら、僕はPC前でニヤニヤしている。

 今朝は、


――仲間がいて、安全地帯があるなら、もうそれで十分じゃないか。


 などとのたまっていたくせに。

 まあ、自身の影響を広めたいと願うのは人間の習性だ。

 出世に燃えてこそ、男の人生である。


 僕はあんまり、共感せんが。



 別れ際、念のため岩田さんのことを忠告してから、――僕たちは一路、航空公園の方面へと向かう。


『二人の家は、――ええと……』

『じゅうたくがい。あんしんしろ、みちあんないする』

『頼りにしてるぜ』


 可能な限り”ゾンビ”との接敵を躱しながら進んで、――おおよそ一時間ほどの距離になるだろうか。


『でも、岩田さん……ちょっとだけ心配だよな……。できるだけ早く戻らないと』


 弟は急ぎたがっているようだったが、ここで無駄に消耗させるわけにはいかない。

 体力は有限だ。いざ、”ゾンビ”の群れから逃げる段になってバテバテでは意味がなかった。


 とはいえ、――道中の障害は、多くない。この近辺の”ゾンビ”の多くが所沢駅周辺に集中していることも良い具合だ。


『しかしこの辺、結構平和だな。おれらの家の近くの方がよっぽど多い』

『ああ』


――この調子なら案外、二人とも助かっているかも知れないな。


 何ごとにも悲観的な僕ですら、ちょっとした希望を胸に抱いたくらい。


 想定に反して、移動に要した時間は三十分強。通常の徒歩移動とさほど変わらないくらいだ。


 優希の住んでいる部屋は、築五十年くらいの粗末な木造アパートの一階にある。

 もし彼女がここに立て籠もる手を選んでいたのなら、すぐさま”ゾンビ”どもの餌食になっていてもおかしくなかった。……それくらいにはセキュリティの甘い建物である。


『ここか。綴里のガードが強くて、一度もお邪魔したことはなかったけど、――ボロい家だなー』


 弟が率直な感想を言った。確かにここは、若い娘が住むに適した建物ではない。


『こんなとこ、下着盗み放題じゃないか』

『だから、わざわざふんぱつして、かんそうき、かってた』

『へえ……。さすが元カレ。詳しいね』

『ちがう』


 僕は慌てて『僕たちは付き合っていた訳じゃない。なんでお前まで勘違いしてるんだ』と文字入力、しかけて……、


『ま、それはいいや。……おーい! 優希ーッ! あーそびーましょー!』


 と、弟が独断で声を上げた。

 それに応えたのは、


『うぉおおおおおおおお……』

『アアアアアアアアアアア……』

『ゲエエエエエエエエ………』


 たぶん、いまもアパート内で暮らしていると思しき、無数の”ゾンビ”たちである。

 弟は、思いっきり眉をひそめて、苦笑いをこちらに向けた。


『おれ、またなんかやっちゃいました?』


 その顔面、左クリックしてやろうかと思いつつ。


『まあ、いい。てまがはぶけた。どうせ、じゃまなやつらだ』


 戦闘開始だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ