その297 母なる愛の団体
「くそっ」
そう吐き捨てて、僕はもう一度《火系魔法Ⅴ》を詠唱する。
――次は、撃たれる。
敵が《射手》なら、攻撃を外すことはほぼ、ない。
半ば以上そう確信して、次の行動は捨て身だ。
接近戦を挑み、自らの足下に《火系魔法Ⅴ》を使う。
次の行動を決めて、ジグザグに駆ける。
――一発だけでいい。もってくれ。
そう願いつつ、接近。
あえて、銃口へ向かって行く。
「………………ッ!」
その様子が、よほど命知らずに見えたらしい。
敵は驚いて、かっと目を見開いた。
「…………ッ!」
そうして少し、意外なことが起こる。
がつん、がつん! ……と、足下が爆ぜたのだ。
こいつ、攻撃を外した。
下手くそなスナイパー。接近する敵の射撃練習を欠いているらしい。
一色奏さんならきっと、百発百中だろう。
――ってことは……。
こいつ、“射手”じゃないな。
そう確信して、僕は素早く地面を蹴る――否、「前へ駆ける」という意志の元、その場で軽く跳ねた。
VRゴーグルの扱いには、ちょっとしたコツがいる。
すでに十分に練習を重ねていた僕は、実にスムーズに次の一撃を決めることができた。
敵の横っ面に……ハイキック。
僕にしてみれば、ここ数年間でもっとも活動的になった瞬間かもしれない。
高く挙げた右足に、何かが触れる感じがして……。
「あ、グッ」
全裸の女が、吹き飛ぶ。
無様に大股開きになって、名状しがたい部分が一瞬だけ見えた気がしたが……僕は思考をシリアスモードに切り替えて、敵の得物に飛びついた。
結果、……驚くほど簡単に、狙撃銃の奪取に成功する。
「……よしっ」
その形状には見覚えがある。
FPSファンの間ではお馴染み、M1891。
モシン・ナガンという異名で有名な、ボルトアクション式の小銃だ。
――ずいぶんマニアックな武器を。《武器作成》で作ったものだな。
僕は、素早く弾倉を確認……運良く、弾丸が装填されていることに気づく。
そして、こう叫んだ。
「うごくな」
口から出たのは、我ながらハッとなるほどに綺麗なソプラノボイスだ。
僕が使役中の個体はどうやら、ちょっとした美声の持ち主だったらしい。
「動くと撃つぞ」
「……………………!」
「あい、うぃる、しゅーと」
下手な英語を口にすると、
「…………日本語なら、わかる」
とのこと。
女はいま、両手を挙げた格好で、こう訊ねた。
「おまえ、だれだ。どこのものだ」
「それは、こっちの台詞だな。……僕は、そこのバスに乗っている者の味方だ」
「なんだと」
女は、眉をしかめて。
「うそだ」
「ウソなもんか。どうしてそう思う?」
「だって……あのバスにいるのは……」
と、そこまで言い終えて、「しまった」という顔。
「――なんだ?」
「…………………………」
「あのバスにいるのは?」
「…………………………」
そして、狙撃銃のスコープを覗き込み、
「忠告しておくぞ。僕の腕なら、君の眼球を撃ち抜くこともできる。――プレイヤーの弱点は知ってるな?」
ちなみにこれは、ブラフだ。
僕の、VRゴーグルを装着した状態でのエイム力はたぶん、人並みかそれ以下くらい。こういう時はたぶん、PC操作の方が強いだろう。
「…………!」
だが目の前の女には、それを知る由もない。
女は鋭い目つきのまま、口を開いた。
「あそこの連中は……いま、身動きできない」
「なんだと」
「あのバスはいま、仲間にジャックされている」
「………………ッ!」
間髪入れず、視点をミントに切り替え。
▼
するとそこでは、
「あー、いたたた………………」
無様にひっくり返っている最歩の姿があった。
確認すると、ミント自身もまた、その場で倒されているらしい。
「うおっ」
僕は一瞬、自分の視点に混乱して……また少し、気持ちが悪くなる。
現実の身体はいま、直立した状態だが、ミントの身体はいま、倒れた状態。
故に発生した、感覚のずれである。
「…………!」
なんとか視点を動かし、背面を見る。
後ろ手を縛っているのは……白杖を付いた女性だった。
――こいつ、狙撃手の仲間だったのか。
盲目の女性は、慣れた手つきで残った乗客を拘束していき、それぞれを座席に縛り付けていく。
「おい、最歩……!」
僕が声をかけると、
「てへへ。ごめんなさい。油断しちゃった」
おいおい。
油断しててもお前なら、どうとでもなるだろ。
「でも安心して。この人たち、私たちを傷つけるつもりはないって」
「そんなの、信用できるか」
「でも彼女たち、言ってましたよ。『女性の味方』だって」
「……?」
なんだそれ。新手の女権団体か何かに捕まったのか?
そう思っていると、
「いちおう、我々の目的を伝えておく」
盲目の女性が、ゆったりとした口調で言った。
「我々は、サンズ・リバー高速バスから、身代金をいただくつもり。その目的さえ果たせれば、あなたたちには用はない。傷つけるつもりもない。……だから。申し訳ないけれど、抵抗しないでもらえると助かる」
「………………………………」
僕は、たっぷりと彼女の顔を眺めたのち、
「……君たちの、名前は?」
「え?」
「こんな大それたことをするんだ。グループ名くらいあるだろ」
「ああ……そういうこと」
盲目の女性は、白く濁った目をこちらに向ける。
その様子はまるで、はっきりと世界が見えているかのようで。
「我々は――“母なる愛の団体”よ」
その言葉に僕は、苦い顔をする。
――これ、新興宗教系だ。
そんな気がしたから。
たぶんこれから、僕たち碌な目に遭わないだろう。




