表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

298/300

その296 狙撃手の女

 まず、VRゴーグルを額にズラして、PC画面を操作。

 大雑把に割り出した敵位置周辺のゾンビを選択する。


 手慣れたマウス操作で、状況確認。

 本日のゾンビガチャは……


なまえ:なし

レベル:5

HP:12

MP:22

こうげき:6

ぼうぎょ:10

まりょく:29

すばやさ:19

こううん:0


 ……と。

 まずまず、当たりといったところか。

 “すばやさ”値が高いということは、五体満足である可能性が高いということ。

 実際、カーブミラーで全身を確認したところ、ダメージはそれほどではない。


 新たな手駒は――二十代前半の、泣きぼくろが特徴的な美人さんだ。

 口元がドス黒い血で汚れていることを除けば、まずまず素敵な女性に見える。


「使える魔法は……《火系魔法Ⅴ》か。かなり強いな」


 《火系魔法Ⅴ》はの効果は、指定した地点に魔方陣を出現させ、巨大な火柱を産み出す、というもの。

 “プレイヤー”相手でも十分に通用する魔法だ。

 これなら、新たに武器を手に入れる必要もあるまい。


 僕は周辺を見回して……バリケードに、通り抜ける空間がないかをチェックする。

 その辺りは頑丈な鉄壁が続いていたが――ただ一点、つなぎ目の部分が昇れそうだった。突貫工事で作られたためだろう。溶接が雑で、足を引っかけられる場所があるのだ。


 一般的に、ゾンビには知能がない。

 連中には、ハシゴを昇る能力すらない。故に、ちょっとした足がかりなどは放置されがちなのである。


「――よし」


 僕は、素早くそちらに近づき、壁をよじ登り始める。

 ……が。


『ぐ、があっ』


 ゾンビが悲鳴を上げて……足を踏み外した。


「――む」


 顔をしかめて、もう一度。


『ぎゃあぎゃあ!』


 やはり、足を踏み外す。


「まいったな。こいつ、僕と同じ……運動音痴なタイプか」


 ゾンビの動作は、その個体が元々持っていた運動能力に左右される。

 その点、この泣きぼくろゾンビは、運動能力がほとんどない個体だったらしい。


「仕方ない……」


 こういう時の、VRゴーグル。

 僕は、実際にゾンビを直接操作することで、この状況に対応する。


「よし……」


 足を動かし、手を動かし。

 丁寧に、落ち着いて……不安定な足場を昇っていく。


 現実の僕は、何もない空間でアホみたいな動作をするハメになっているが……、やはりこの操作方法、PCよりも遙かに優れている。

 落ち着いて、3メートルほどの高さの鉄壁を乗り越え……慎重に、その向こう側に視線を送る。

 するとそこに……いた。


 驚くほど大胆に――道路の真ん中でスナイパーライフルを構えた少女が、一人。

 使い古した、ぼろぼろの防弾マントを身に纏い、色あせた帽子を被っている。


――“射手”か?


 銃を使うからと言って“射手”とは限らないが、その可能性は高い。

 ぱっと見たところその姿は、ボロぞうきんが無造作に転がっているかのようにも見えた。


――なんかあの女、くさそうだな。


 そう思いつつ、落ち着いて狙いをつける。


 まず、《火系魔法Ⅴ》を一発。

 即死する危険性があるが……やむを得まい。先に手を出したのは向こうだ。


 そして……。

 寝転んだ敵にしっかりと当たるように――魔方陣を産み出す。


「燃えろ」


 そう呟き、事態を見守って。


 赤い、複雑な形をした紋様が、高速道路の真ん中に顕現する。

 と、その時であった。


「――!?」


 狙撃手が素晴らしい反射速度でそれに気づき、身体を“く”の字に捻って飛び上がったのである。


――いや。ぎりぎり間に合わない。


 眉をしかめ、そう思う。

 瞬間、女の身体を赤い火柱が包み込んだ。


「よしっ」


 そう呟いて、事態を見守っていると……火柱の中に黒い影。


――どうっ!


 次の瞬間、僕のいる地点、バリケードの一部が、魔力によって強化された弾丸で弾けた。


「うおっ」


 驚きつつも、判断は冷静に。

 僕は、素早くバリケードを降り、高速道路側に着地する。


――敵は一人ではない。


 この時点で僕は、そう予測していた。

 この感じ……間違いなく、第三者の警告がなければ間に合わなかった。


 敵は、狙撃手に加えて……観測手もいるらしい。

 僕は、この時点で半ば以上、いま使役している個体を犠牲にするつもりで戦略を立てる。


――可能な限り情報を収集しよう。


 そう思いながら、全力で駆けて。

 火柱が止んだその中から、……一糸まとわぬ姿の女が飛び出してきたことに、一瞬だけ呆然とする。


 どうやら、火系魔法を受けて、服が焼けてしまったらしい。

 素っ裸の、ライフルを手にした女が、敵意マンマンで体制を立て直している。


――魔法攻撃に対する体制を持っている。

――服が燃えた=服を強化するタイプのスキルではない。

――銃が壊れていない=《パーフェクト・メンテナンス》系のスキルを覚えている。


 そして、なにより。


――この女……日本人じゃない。


 煤で汚れた白い肌を目の当たりにして、僕は苦い気持ちになっている。

 柄にもない。……本当に、柄にもないことだが。

 妙に、性的に興奮させられる絵面だ。


 僕の殺意と、動物的な本能が結びついている感じがする。

 VRゴーグルの、思わぬ副作用。

 これを通してみる世界は、あまりにも()()()すぎた。


――落ち着け。思考を切り替えろ!


 自分の頬を打ち、僕はとにかく、こう叫ぶ。


「降参しろ!」


 その返答は、実に明快で。


「Fuck! Ass! Hole!」


 英語の苦手な僕ですら聞き取れる、悪意全開の言葉だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ