その294 親友枠
膝を折り、こちらをじっと見つめるゾンビ。
そいつの額に、ずどんと一発。
そして誰もいなくなった。
「……いまのが、最後だ」
親指の背でかしゃり。ライフルの安全装置を入れる。
「やったじゃん!」
ふと、肩に感触があって……見るとヒカリさんが、手を置いていた。
――良く出来たコンソールだ。
内心、アリスに感謝しつつ、
「でも、これだけごろごろ死体が倒れていたら、片付けるのに手間がかかりそうだ」
「それに関しては、ご安心を!」
そう、乗務員さんが叫んで、運転席のスイッチを押す。
すると何やら、床下のモーターが駆動する音。見ると、車のフロントバンパーが変型して、タイヤ回りを保護するような形状になっているのがわかった。
すぐさま、運転手さんがアクセルを踏み、バスが前進する。
ゆっくりと、泥をかき分けるように、ゾンビの死骸を退けながら……僕たちはしばし、屍山血河を進んでいった。
「ひゃー! 窓の外、観て。アスファルトに赤色のペンキを塗ったみたい」
ヒカリさんが、騒がしくはしゃいでいる。
僕は、ライフルを返したのち、自分の席へと戻った。
一応、最歩の様子を伺うが、
「くー………………すー…………くー………………むにゅ…………」
この女、この騒ぎの間もずっと眠ったまま。
度胸が据わっている……というか。
とんでもないやつだ。
こいつには道中、いろいろと聞きたいことがあったんだが。
物思いに沈んでいると、ヒカリさんが再び、僕の肩を揺らした。
「ねえねえ。それよりさ! 私、みちゃった!」
「――?」
「いまの騒ぎ、誰かの罠だったっぽいよ?」
「えっ。なんでそう思うんです?」
「だってさっき、道路のフェンスが壊されてたの。あれ、明らかにわざとだと思う」
「なんと」
僕としたことが、見逃していたらしい。
「それ、“怪獣”の仕業では?」
「いんや。その辺り、爆発した感じだったよ」
「なるほど」
では、明らかに人為的な仕業だ。
人間の仕業か、プレイヤーの仕業かはわからないが……。
「いたずらにしては手が込んでいる。このバスを狙ったものかな」
「たぶんね」
そこでヒカリさん、僕の耳もとに唇を寄せて、
「何かが起こるなら……あたし、あそこの二人狙いとみた」
「……む」
真田母子か。
確かにあの二人は、金を持ってそうだ。
二人がこのバスに乗ることを知った誰かが、何らかの謀を企んでいてもおかしくはない。
「厄介だな」
僕は一応、現実のPC画面をチェックして、周辺地図を参照する。
すくなくともこの先に、ゾンビの群れの気配はない。
「もし、何らかの陰謀があるなら……厄介なことになるぞ」
「うーむ。なんとかして、事前に危機を察知できないかな。どーなの? プレイヤーさん」
「そんな便利なスキルは存在しない」
一応、何かあったら《ほとんど無害》を使うつもりだが、それでも完璧に危険を取り除くことはできないだろう。
普通人は常に、即死の危険性と隣り合わせだ。
《ほとんど無害》を使っても、ダメージが治癒力を上回ることはある。
「そんじゃ、せめて乗務員さんに警告しておくとか」
「いや――その必要はないだろう」
僕は、運転席に視線を送る。
「バスに護衛をつけるくらいだ。僕たちが気づいた程度のことは、彼女たちも気づいてる」
「……そっか」
ヒカリさんは納得して、
「それでも――もしもの時は、頼んだよ。私、こんなとこで死にたくないし」
「ああ」
僕は頷いて、
「……ところで。君、中央府に何か用事でもあるのかい」
社交辞令的に、訊ねる。
「うん。――会わなきゃ行けない人がいて」
「家族?」
「いや。……ねえ、ミントちゃんって、カレシとか、いる?」
「カレ……ああいや、いません」
「私、カレシに会いたくて」
「へえ」
「つってもまー、元カレ。さらにいうと、もう死んじゃってるっぽくて」
「死んでる……?」
「うん」
「事故ですか?」
「んーん。殺人」
それは、穏やかじゃないな。
「正確には、殺されたって話でさ。本当のところはわかんない。なんか知らんけど突然、政府から派遣されてきたプレイヤーさん……“守護”だって連中が来てさ。身元を確認してほしいんだってさ」
「……………………」
殺人事件の被害者、か。
いま、なんとなく頭に浮かんでいるのは、“魔王”の一件だ。
そのせいで“中央府”に、“終わらせるもの”が拘束されている理由らしい。
まあ、さすがにヒカリさんとは関係がないだろうが……。
「ぶっちゃけそいつとはもう、五年くらい会ってないんだけどね。世界にゾンビが現れる前から、とっくに切れてた仲なの」
「ふむ」
年齢的に……二人が付き合ってたのはまだ、十代半ばくらいだろう。
中学~高校時代の初恋、といったところだろうか。
「元カレ、天涯孤独でさ。だーれも顔、知らなくって。んで、いろいろと繋がりを辿った末……私にお鉢が回ってきたってわけ」
「ふーん」
「ほら最近、……流行ってるらしーじゃん。別人になり変わっちゃうやつ。今どき、何もかも混乱しちゃってるから……やり放題なんだよね。身分の偽装って」
それはまあ、そうだな。
僕が頷いていると……、
「え? なになに? だれか私の話、した?」
妙なタイミングで、夢星最歩が起きてきた。
「してないよ」
僕が答えると、間髪入れずにヒカリさんが手を挙げた。
「ちょりっす。私、ヒカリだよ。よろしく~」
「あっはい」
最歩は、突如現れた新キャラに目を白黒させて、
「あー……“親友”枠の……」
と、気になる台詞をぽつり。
「よろしくお願いします。私、夢星最歩ですの」
「ん。――よろしくぅ」
そして少女たちは、ぎゅっと手を握り合って。
「私たち、友達になれる予感する。――なんとなくだけれど」
僕は一人、眉をしかめている。
――なんだ。「“親友”枠」って……。
直感的に、嫌な予感をさせながら。




