その291 サンズ・リバー高速バス
“ゾンビ使い” レベル:79
《格闘技術(上級)》、《自然治癒(強)》、《スキル鑑定》、《カルマ鑑定》、《死人操作Ⅺ》、《飢餓耐性(強)》、《拠点作成Ⅴ》、《武器作成(上級)》、《ほとんど無害》
……と。
ここまでスキルを取り終えて。
新たに取得したのは、《格闘技術(上級)》、《自然治癒(強)》。
それに加えて、《ほとんど無害》の材料にしていた《拠点作成Ⅴ》を改めて取り直した格好だ。
ここまでで僕は、24点分のスキルポイントを余らせている。
一応補足しておくと、さっきアリスに話した「余ったスキルポイント」の数はブラフだ。
あの時は最歩の前だったため、手札を晒すわけにはいかなかったのである。
「しかし……我ながらこのスキル構成、ほとんど無駄がないな」
良く言えば完成されているが、悪く言えば遊びがない。
――割と初期の頃から、スキルに関する情報には恵まれていたから。
僕はここまで、必要最小限度のスキルのみを取得してきた。
このスキル構成は、一般的な“プレイヤー”と比べるとかなりスッキリしたものになっている。
それに、24点分のスキルを余らせておけば万一の時、新しくスキルを創り出すこともできる。
僕はこれまで、慎重かつ当意即妙な立ち回りで生き残ってきた。
次の冒険も――このやり方で乗り切れることを祈ろう。
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そうして、関西旅行の日がやってきた。
僕は、かつて飯田さんを見送った長距離バスのターミナルに来て、同行者の姿を探す。
「……あっ、おはようございます~♪」
するとそこには、大きめのキャリーケースに寄りかかる、夢星最歩の姿が。
最歩は、僕の顔をじろじろと見て、
「その個体――見覚えある! なんて娘ですか?」
「ミントだ」
「そっか、ミントちゃん! ――ミントちゃんと灰里さん、どっちの名前で呼んだ方がいいですか?」
「……本名は、なるべく隠したい。念のため、ミントと呼んでくれ」
「りょーかいです」
にこにこ微笑む最歩。
「…………ときに、ミントちゃん」
「なんだ」
「ほっぺにちゅーしてもいい?」
「……なぜだ」
「ごあいさつがわりに」
「ダメだ」
「――? こんなに可愛い私なのに? ほわい?」
なぜって、お前……。
「万一、ミントの体液が口に入ると、君がゾンビになってしまう」
「あー、なるほど。そういうことね。お気遣い、ありがとうございます」
……やっぱりこいつ、なんか普通じゃない。
「それじゃ、チケット。これ」
「うん」
それを受け取り、ポケットに突っ込む。
練習の甲斐あって、その動作はスムーズだ。
と、その時。
『七時五十分発、梅田行のお客様。乗車のお時間です』
アナウンスが聞こえて、待合室の乗客たちがそれぞれ、立ちあがる。
乗客は、僕たちを含めても六人。それほど多くない。
みな、身なりの綺麗な人ばかりで、とても東京都民とは思えなかった。
どうも最歩が奮発したらしく、VIP専用のバスを取ってくれたらしい。
三途の川の渡し賃――六文銭が大きく描かれたそのバスは、“終末後”の狂ったユーモアを体現しているかのようだ。
僕は、「歩くぞ」という意志とともに、かるく足踏みする。
するとミントは前進し、僕が望む方向へ向かってくれた。
「ゾンビの新しい操作方法は、もう慣れましたか?」
「……ああ」
これは、半分本当、半分ウソ。
昨日獲得した《格闘技術(上級)》のお陰で、かなり身体は軽くなっている。
だが、
――《格闘技術(上級)》を取得すると、あなたがこれまで生きてきた人生と同時間を空手道場での鍛錬に費やした場合と同程度の技術が即座に身につきます。
このスキル、基礎体力はつけてくれるが……そもそも僕が、運動音痴であるという事実に関してはどうしようもないらしい。
しばらくは、VRゴーグルでの操作とPCでの操作を併用しながら戦うことになりそうだ。
▼
僕たちを除いた四人の乗客は、身なりの良い母娘が一組、白杖をもった若い女性が一人、時代錯誤に日焼けした、黒ギャルっぽい女の子が一人。
運転手も乗務員も女性。僕の使っているミントも女性だ。
恐らくこのバス、女性専用車両なのだろう。
まあ、考えてみれば当然の措置か。
危険地帯において、男と同席するのはリスクが高いし。
「うふふふ。女の園へようこそ」
「よしてくれ」
僕は苦い顔をしていると、
「おもしろ。表情もしっかり同期するようになってるんですね」
「………………」
「これまで、あなたの使ってるゾンビ、ずーっと無表情だったから。新鮮です」
この機能、オフにできないのか。やれやれ。
そう思っていると……、
『本日は、サンズ・リバー高速バスをご利用いただき、誠にありがとうございまぁす』
と、アナウンス。
現れたのは、泣きぼくろが特徴的な、少しきつめの美人だ。
ぱっと見ではわからないが、かなり鍛え抜かれた肉付きをしている。
『秋葉原駅、午前7時50分発――夜の……たぶん、良さげな時間帯着。道中のゾンビ発生状況によって、時間は大きく前後することをご了承くださいねぇ~』
ぷしゅー、と音を立て、扉がしまる。
『さぁて、発車の時刻がやって参りました。本日のご案内は、元気いっぱい、桜井ともよと申します。どうぞよろしく、お願いしますねぇ~』
ともよさんは、貼り付けられたような笑顔を浮かべながら、
『安全運転を心がけておりますが……時勢が時勢ですので。急停車の可能性は常に御座いますのでぇ。シートベルトは、しっかりとご着用いただきたく存じます。もし何らかのアクシデントでお怪我をされた場合も……大丈夫! 私こう見えて“プレイヤー”でございます。《治癒魔法》の心得はございますのでぇ。いつでもご連絡くださいねぇ』
と、そこまで聞いて、僕は背もたれに倒れ込む。
現実世界の僕も、自室の椅子に座って、身体を休めた。
――……さて。
長距離移動バス、か。
こうした体験は、平時だったころも含めて、初めてだ。
大過なく済めばいいのだが。




