その289 共同作戦
そうして、一通り話し終えて。
「……なるほど」
「はあ」
「………………フーム」
三人の少女たちは、揃って難しい顔をして、じっとこちらを見つめている。
「状況は……わかった、でし」
三人を代表して、幼児体型の少女――奏さんが言う。
「つまり、こーいうことね。……あんたはいま、激ヤバ異世界人と絡んでる。しかも推測するに、そいつは上位次元の存在で……ある種、神様みたいなやつだ」
「まあ、そうなる」
「縁を切った方がいいんじゃない。そんなのとは」
「そういうわけにはいかない」
ヤツは危険な相手だが、うまくすれば貴重な情報を引き出すことができる。
「だいいち、妙に向こうが懐いているんだ。下手に突き放すとむしろ、危ない」
「何それ。あんたに惚れてるってこと?」
「客観的に言って、その可能性はある」
僕は、率直に言った。
個人的には、ないと思う。
だが自惚れ抜きで、最歩の懐き方は普通じゃない。
すると奏さんは、思いっきり顔をしかめて、
「……信じられん。あんた、はっきりいって、モテるタイプのキャラじゃないでし」
「忌憚のないご意見、痛み入るよ。だがあいつ、妙にべたべたしてくるんだ……」
「それで? ちんちん入れたくなっちゃった?」
「んなわけあるか」
「やれやれ。男ってこれだから……」
奏さんは、弟を叱りつけるように、
「……世の中には、誰彼構わず股を開くようなどぐされビッチが、山ほどいるんでし。最歩もそーいう、おまたゆるゆる女の一人だったというだけの話でし」
「うーん。そうかな」
「そうに決まってるでし」
そう断じられてしまうと、反論の余地はないけど。
「はい、はいっ」
元気よく手を挙げたのは、美空さんだ。
「つまり灰里くんは――近々、“終わらせるもの”を助けに行くのね」
「ああ」
「でも、そのやり方を試すには、私たちの力が必要……と」
「そうだ。今回の冒険に、僕単独で動くのは難しい」
「それって結構、大変な手間になると思うけど?」
「すまない」
頭を下げようとして、ツバキの身体が、それについてきていないことに気づく。
……VRゴーグルの操作は、少し練習が必要かもしれない。
「だが、この件……僕には、とても重要な一手になると思う。これまでの借りを返すと思ってもらえれば――」
言い終える前に、美空さんが笑った。
「水くさいこと言わないでよ。やるって。――ね、みんな?」
残った二人も、こくりと頷いてくれる。
僕は、“三姉妹”の善性に感謝しつつ、
――彼女、……変わったな。
そう思った。
美空さんの事情については、一応知らされている。
彼女はかつて、僕の後輩――神園優希に、恋をした。
だが、“プレイヤー”として与えられた能力の制約により、その恋を断念せずにはいられなかったのだ。
そんな彼女に、僕はかつて、慰めの言葉をかけている。
――神園優希は、恋人にふさわしくない。
――彼女の恋愛は実際、長続きした例しがないのだ。
――だから、君の想いはきっと、叶わなかった。
美空さんが、その言葉をどう受け止めたかはわからない。
けれどいま、彼女は前に進んでいるように見える。
「ってことは私たちも……“中央府”まで、旅行することになるってことね」
「そうだ」
「さっきあなた、《死人操作Ⅺ》をとったって言ったよね。それで、ゾンビの操作範囲が拡大したりとかはしなかったわけ?」
「していない」
アリスは僕に、いくつかの新機能をもたらしたが――《死人操作》の根本的な性能は変わっていない。
すなわち……僕の能力の効果範囲は、半径10キロメートルまで、ということ。
この制約は長期的に、多大なリスクを孕んでいた。
“ゾンビ使い”の活動圏内が、都内の――特に池袋周辺に集中していることがわかると、僕の住んでいる場所がバレてしまう可能性がある。
先光灰里にとってそれは、致命的だ。何せ僕は……家を、一歩外に出るだけで死んでしまう身の上だから。
だから僕は早々に、“ゾンビ使い”の活動圏内を、なるべく遠方に見せかける必要があった。
その手段として役立ってくれたのがこの、“三姉妹”の面々。
きっかけは、些細なことだった。
一色奏さんがアリスに与えられた”移動型マイホーム(特注版)”は、室内に備え付けられている機能により、一日一回、“実績報酬アイテム”を受け取ることができる。
ある日彼女は、この機能を使って、とあるアイテムを手に入れた。
それが――“どこにでも行けるドアノブ”。
夢星最歩が持っているものと同じアイテムだ。
当初、奏さんは、このアイテムを『ハズレ』と評した。
彼女にとっての移動は、“マイホーム”の力があれば十分だったから。
だが、
――ひょっとするとこれ、うまく利用できるかも。
そう気づいて。
試しに“ドアノブ”で、使役下の“ゾンビ”を遠方に送り込んでみた。
結果……僕の“ゾンビ”は、“ドアノブ”の向こうでも元気に活動を続けることが判明。
かくして、知られざる《死人操作》の仕様が判明したのである。
僕の能力は……僕を中心として放射されている電波みたいなものの効果で、“ゾンビ”を操作する類のものらしい。
だから、“ドアノブ”を使って空間が繋がっていれば、その先でもゾンビたちは活動を続けることができる。
かくして、僕と“三姉妹”は協力し……“ドアノブ”を使い、都内のあちこちに“ゾンビ”を配置する作戦を決行した。
僕は、“ゾンビ使い”としての活動範囲を広げられる。
“三姉妹”は、必要に応じて僕の増援を頼める。
まさしくWin-Winの関係性を築くことができたのである。
「つまり――今回の“依頼”は、こういうことね」
「あちしたちは“移動型マイホーム”を使って、あんたの“ゾンビ”を追従する」
「“どこにでも行けるドアノブ”で、灰里くんの部屋と、私たちの家を繋げながら……」
首を、縦に振る。
「そうだ」
つまり、今回の関西旅行は――“三姉妹”との共同作戦となるだろう。




