その288 同盟者たち
そうしてその場は、いったん解散となる。
「出発はいつだ?」
「チケットが取れ次第。たぶん、明後日か明明後日か。――まあ、長くはお待たせしないでしょう。なにせ『魔性乃家』は、とってもお金持ちですから」
「…………。最低でも三日は空けてくれると助かる。こちらも準備が必要だ」
「あら。――準備、必要です? 同行するといっても、あなた自身は動かないんでしょう?」
「それはそうだが、《死人操作Ⅺ》に慣れる必要もある」
「ああ、そっか」
最歩は納得して、
「それじゃ、私は“楼主”さんたちといったん、お話しに行きますね」
「頼む」
そうしてアリスは、自分の“ドアノブ”を使って、『魔性乃家』へと消えて行った。
当然のことながら僕は、それに同行する訳にはいかない。
僕はいま、《死人操作Ⅺ》を取得したばかり。
これはつまり、もう家を出ることができなくなっている、ということで。
――最歩のヤツ……気づいただろうか。
微妙なところだが、恐らく理解していまい。
僕の致命的な弱点は、なるべく誰にも知られたくない……特に最歩のような、信用のおけないヤツには。
「………………さて」
僕は、たったいま手に入れたVRゴーグルを手に、しばらく考え込む。
この機能により、僕はいくつかのアドバンテージを得られている。
これを活かしてひとつ、連絡しなければいけない相手がいたのだ。
僕はまず、周囲にある障害物をどかしたのち、部屋の中央に立つ。
手を伸ばして、足を動かし、身体のどこにもぶつかるものがないことを確認し……。
早くも、息が上がっている自分に気づいた。
――ウソだろ。僕の身体。
きっと僕、この世界でもっとも貧弱な“プレイヤー”なのだろう。
「……これからは、室内で使える運動器具が必要だな」
ぜいぜいと呼吸しつつ、VRゴーグルを装着。
ゴムバンドを調整して、ちょっとやそっとではゴーグルが外れないようにする。
すると、『不思議の国のアリス』のロゴが現れて……仮想空間が出現。
眼前に、巨大なコンピュータ・スクリーンが展開され、
『《死人操作Ⅺ》を認証しました』
という表示が現れた。
そこから先は、見慣れた《死人操作》アプリとほとんど変わらない。
違いとしては、マウス操作が不要な点だろうか。
VRゴーグル装着時は、仮想のコンソールをタップすることで操作をする。
僕が、いつもの手順でメイン・メニューを起動すると、Googleマップから拝借してきたものと思しき地図が出現し、すでに使役下においているゾンビたちの位置が強調表示された。
僕は、その内の一体……現在、江古田周辺にいる個体をチェック。
その個体はいま、もの凄い勢いで移動している。
――ツバキ。
そう呼んでいる個体だ。僕はまず、彼女に視点を移す。
「さて……」
呟くと一瞬、気が遠くなったような感覚がして……ぷつんと、画面が切り替わった。
――おいおい。これは……。
普通じゃない。
視覚、聴覚はもちろん、触覚、嗅覚の共有も行われている気がする。
埃っぽい室内の匂いが、はっきりと感じられるのだ。
てっきりこれ、ゾンビと視界を共有できる程度のものかと思っていたが……。
アリスのヤツ、言ってない機能が山ほど在るな。
目の前には、
『御用があれば、ベルを鳴らしてね』
という札の下がった金色の鈴がぶら下がっていた。
僕が、それに対して手を伸ばすと……ぶくぶくに太った右腕が視界に映る。
ツバキは、かつての戦いで脂肪の塊となっており、……あれから二年弱経過した今も、自らの力ではほとんど動けない。
とはいえ、辛うじて腕を動かすことは可能だ。
ちりんちりん、と、可愛らしい音が鳴った。
「……………………」
しばし、反応なし。
もう一度僕は、ちりんちりんと鈴を鳴らす。
すると、向こうの方から、とたたたた、という音を立てて、
「いやみんな、テンション高すぎでし……」
「だってだってぇ」
「ちょっと二人とも――押さないで下さい」
扉の奥が、少し騒がしくなる。
その、次の瞬間……、わっと眼前が、華やかに彩られた。
扉の奥から、三人の少女が現れたのである。
凪野美空。
一色奏。
雛罌粟雪美。
“三姉妹”の面々だ。
三人はどうやら、よっぽど退屈していたらしく、街角でふいにテレビ・スターと出くわしたみたいに出迎えてくれた。
「よう、灰里。今日は、どーしたんでし?」
「むっ」
「――?」
「ああいや、なんでもない」
少し驚いたのは、その音声の精度である。
これまでずっと、スピーカーごしに聞いていた周囲の声が、まるで直接話しているかのように感じられた。
「少し、新しい力を試しているんだ。そのお陰でいま、少し環境が変わっている」
「おっ。ほんとだ」
美空さんが、嬉しそうに僕の顔を覗き込む。
「いつもより流ちょうにしゃべれてる。――それに、ツバキちゃんにも表情があるね」
そうなのか。
このVRゴーグル、表情まで再現してくれるらしい。
どういう仕掛けなのかはしらないが……この技術を生み出した“異世界”は、とんでもない科学力だな。
「……まあ、それはともかく。今回は少し、重要な話がある」
「ほう。――なんでし?」
奏さんが、興味深そうに顔を乗り出す。
「少し、長い話になる。――とある女に関する話だ」
「ふむ」
「その上でひとつ、取引がしたい。……君たちの力が必要なんだ」
「へえ。なんでし?」
“終末”が世界に起こって以降、僕たちの同盟は、ずっと変わらず続いている。
この世界で、優希たち以外の信用できる“プレイヤー”を挙げるなら、“三姉妹”を選ぶだろう。
「落ち着け。まずその前に、話を聞いてもらいたい」
だから僕は……彼女たちと、共有することにした。
夢星最歩に関する、あらゆる情報を。




