その27 人影
その後は、”ゾンビ”どもを全滅させる方向に予定を変更する。
大した理由はない。単純に、繰り返し練習が必要だと思ったのだ。
”ゾンビ”を殺すこと。生き物を殺すこと、――それら全ての練習が。
とはいえ、作業は実に単純で、……それそのものに価値があったかは疑問だ。
目標をセンターに入れてクリック。
目標をセンターに入れてクリック。
目標をセンターに入れてクリック。
二、三度などは、遊びで両腕と両足を吹き飛ばしてみたりして。
『かぁあああああああああああああああ……あ、あ、あ、あ、あ、あ……』
芋虫のようになって倒れる”ゾンビ”をぼんやりと眺めて、その命がいつまでも絶えずにいることを発見している。
『おい、兄貴! さすがに少し、悪趣味じゃないか?』
『じっけんだ。ひつようなことだ』
全ての成果は、習熟に寄る。
実際、地道な練習と検証作業なしにこの先、生き残ることは難しいだろう。
僕は、豪姫の足元に転がった”ゾンビ”の内臓が、出血しきってなお、活け作りの魚の如くびくびくと蠢いていることを確認し、
――やはりこいつらは、通常の物理法則で動いているわけではないらしいな。
という事実をメモにとる。
死んだものが起き上がり、生者を喰らう。
その時点でわかりきっていたことだが……やはりこの事態は、異常だ。
――恐らくだが、連中が「こう」なったのは、”スキル”の力とやらが作用しているためだろうな。
憐れな”ゾンビ”にトドメを刺しつつ。
――ところで連中、どのようにして敵味方を区別しているんだろう。
という疑問が生まれている。
――見た目……に違いはないはずだから、臭いだろうか。それとも、我々には知覚できない何かを読み取っている、とか。
いずれにせよ、何らかの方法で連中の仲間に化けることができる可能性はある。
例えば……知ってる”ゾンビ”映画だと、ゾンビの血を全身に塗りつけることで、連中に襲われなくなる、とか。
この手はそのうち、試してみる価値があるかもしれない。
などと考えていると、
『って、おい! なにボーッとしてるっ……囲まれてるぞ!』
亮平が叫んだ。
もちろん僕も、それには気づいている。
素早くマウスを振って、左クリック。振り向きざま、ショベルを振るう。
『……がうーっ!』
獣のように豪姫が叫ぶと、たった一撃でこちらに伸びていた腕が複数、吹き飛んだ。
後は簡単。残った”ゾンビ”たちの頭を、順番に叩き割っていくだけ。
『つっ、よ……。マジかよ、兄貴』
決して連中は、油断できる相手ではない。
だが最早、僕の敵でもなかった。
弟はそこで、あっちこっちをよく見回し、車の下なんかもチェックしたりして、
『えーっとえーっと。あれ? もうこの辺、”ゾンビ”いなくなってねーか?』
そこで僕は、ESCキーを押して、MAP画面をチェック。この近辺に赤い点が一つもなくなっていることを確認する。
……よし。
納得して、本丸であるホームセンターへ。
”クロスロード”入り口付近には、コンクリートブロックや園芸用の土、仕切り、鉄パイプなどがズラリと並んでいた。
それらを少し吟味しつつ、
――こういう資材を利用して駐車場を取り囲めば、そこそこ強力な拠点になるかもしれないな。
しかし、建物自体の防御力は低い。駐車場に面している部分の大半がガラス張りになっていて、その一部が割れてしまっていた。
『まったく。ここの設計者は、なんで死人が歩き回ることを考えずにここを建てちまったんだろうな』
弟が、皮肉めいた台詞を言う。
僕はPC前で少し笑って、すでに壊されているガラス壁の一部をじっと見つめた。
どうもこれ、通常の手段で破壊されたものではないらしい。
そうして、足元に転がっているコンクリートブロックを調べる。
――まず、中に入り込もうとしてブロックを投げつけた。
――けど、思ったよりガラスが硬くて割れず。
――最終的に、火炎放射器のような何かで、ガラスを溶かしたみたいだな。
「さて。こいつは……どうしたものか……」
『どうした? 急に黙っちまって』
弟が不思議そうに訊ねる。
僕は、今調べた事実をいちいち伝える意味を見いだせず、ただ、
『ぼくが、さきにいく』
と言って、店内に入り込んだ。
ホームセンター内部は、――有り体に言って、宝の山だった。
素人目に見ても、様々な用途が思い浮かぶ資材類がずらり。
キャンプ用品に各種日用品、作業用の服一式に、食糧と水が山ほどあった。
これだけ物資があれば、百人くらいなら一年は保つ、か。――最終的に、ドッグフードにも手を出せば、の話だが。
『おい、見ろよ、兄貴。鉄パイプが山ほど……これ、ちょっと改良すりゃ、いくらでも強力な武器になる。もちろん、バリケードとしても使えるだろうし。……って、お! 熊用の電気柵まであるじゃんか。案外、”ゾンビ”相手にも役立つかも知れないぜ』
いつの間にか着いてきていた弟が、テンション高めに叫ぶ。
どうやら少々、コミュニケーション不足だったらしい。
この建物には誰か、我々以外の侵入者がいるというのに。
『おい、りょうへい……』
『とりあえず、さっさと昼飯にしようぜ! もう、腹がペコチャンだ!』
まあ、とはいえ無理もない。
時計を見ると、すでに二時を回っている。目先の食糧に踊らされてしまったか。
『……あ! あの自家発電機使ったら、久々にあったけー飯作れるかも! いやいやその前に、菓子パンを一つ二つ……』
ニッコニコで食事を漁りに向かう我が弟に、例の「ジャンプ三回、下がってろ」を試みようとする、と……。
『あれ?』
そこでようやく異変を感じ取ったらしく、亮平が立ち止まった。
『食いもんが、……結構食い散らかされてるな。なんだこれ?』
そして、ホームセンター奥に視線を移して、
『……ん。いま、何か走ったぞ』
と、一言。やはり、現場にいる者の方がその辺の感覚が鋭い。
僕は素早くそちらに視線を移し、弟の盾になるように移動した。
さて。どう出る?
『なあ、兄貴。……ひょっとしてここ、先客が……?』
弟が、わかりきっている忠告を口にしかけたその時、――人影が一つ、店の奥から飛び出した。