その287 アリスのクエスト
そうして最歩は――とっておきのプレゼントを渡すような口ぶりで、その『提案』を口にする。
「これから、“中央府”に向かうんです」
「中央府……大阪に?」
「ええ」
眩しいくらいの、笑み。
「なんでだ」
「“終わらせるもの”を救うの」
「は?」
「さっきちょっとだけ、アリスからヒントをもらいまして。――いまの状況を打開する作戦を練ってみたんです」
「…………………………」
首を、傾げる。
すると最歩は、得々としてこう続けた。
「まず、大前提として。いま“終わらせるもの”は、“中央府”の役人に捕まっているみたいなんですよ」
「何。……理由は?」
「殺人罪」
「殺人? 彼女が? とても信じられん――」
と、そこで言葉を切って、
「まさか、“魔王”を殺した件で?」
「御明察」
そうだったのか。
……だとしても、まだ少し信じがたいな。
彼女はたぶん、人類を救うために“魔王”を殺したはず。
それはあくまで、正義の行動であるはずだ。
人類にとっての英雄である彼女を、“中央府”が拘束する理由がわからない。
あるいは何か、トラブルに巻き込まれているのだろうか。
「まー、細かい事情はわかりませんけど。大事なのはいま、彼女が身動きできない状態にあるということ。そして私の“ドアノブ”があれば、彼女を簡単に脱出させられるということ」
「……ふむ」
「いま、“終わらせるもの”を救うことができれば、『魔性乃家』は“サンクチュアリ”に恩を売ることができる。――さすれば我々は、“サンクチュアリ”と五分の盃を結ぶことができるってわけ」
五分の盃て。
やくざ映画でしか聞いたことがないぞ、そんな言葉。
呆れていると、白髪の“魔女”が一歩、進み出た。
『……“楼主”と“獄卒”の生活保障。この二点に関しては、儂がじきじきに手伝う必要がある。そのためにも『魔性乃家』には、安泰でいてもらう必要があるんじゃ』
そして、ぺこりと頭を下げて。
『これは、特別な依頼じゃ。お主にも手伝ってもらえると、非常に助かる』
アリスらしくない。
まず、そう思った。
アリスは、“プレイヤー”の活動に関わることを嫌う。
今回の件……よほどの例外だということか。
「本当に、いいのか?」
『ああ。仕方ない』
応えるアリスは、妙に疲れて見えた。
「それで? どういう段取りになる?」
「まず、中央府行きのバスのチケットを取ります。灰里さんには、それに同行してもらいたい。――正確に言うと、あなたの“ゾンビ”ですが」
「え」
一瞬、その意味が分からず、混乱する。
「バスのチケット? きみ、“ドアノブ”があるだろ。あれを使えば一瞬じゃないか」
「いいえ。中央府はいま、厳重な管理体制を敷いているのです。正規の手続きで入らないと、コンビニ一つ利用できないんですよ」
「……そうか」
僕が向こうに住むことは永遠にあり得ないから、ほとんど聞き流していた情報だ。
『儂が自ら依頼を出すからには、――むろん、報酬もある。しかも、前払いじゃ』
「――?」
『お主にはとある、特別なスキルを覚えてもらいたい』
「特別なスキル?」
『ああ。それについて話す前に……灰里。おぬしまだ、使ってないスキルポイントはあるか?』
「ええと……」
僕は、少しだけ葛藤したのち、
「……ある。……一つだけ」
『そうか』
「それがどうした?」
『お主はいま、《死人操作》をⅩまで獲得しておるな。――今回、特別にその上限を超えてスキルを獲得してもよい。つまり、《死人操作Ⅺ》だ』
「えっ。いいのか」
『うむ。本来は“安息期”を抜けた後に覚えるべきスキルじゃが』
そうしてアリスは、ゴーグル型の機械を差し出した。
「なんだこれ。ヘッドマウントディスプレイか?」
渡されたそれは、眼鏡をかけた状態でも装着できる作りになっていて、少し重みがある。
『あれ? おぬし、これ知らないのか?
「……ああ。見たことがない機材だな」
『へえ。ゲームオタクなのに。意外じゃの』
「…………?」
そこで少女は、ぽんと手を打ち、
『あー、そっか。この世界、VRゴーグルが一般的じゃないのか』
「VRゴーグル?」
『異世界で発明されたゲーム・ハードの一種じゃ』
「へえ」
僕は、アリスに促されるまま、それを顔面に装着する。
するとまず、『不思議の国のアリス』をイメージしたと思われるロゴが表示され――眼前に、緑色のグリッド・ラインで構成された仮想空間が現れた。
「おー、面白い」
感心して、首を動かす。
すると、それに応じて画面がスクロール。
驚くべきはその、スムーズさだ。
僕は今、実際にその空間にいるような気分になりながら、周囲を見回している。
きょろきょろしていると――ふと眼前に、『エラー』という文字が浮かび上がった。
『そこから先に進むためには、《死人操作Ⅺ》を取得する必要がある』
現実世界のアリスが、そう言った。
『以前、プレステのコントローラーを使えるようにしてやったろ』
「ん…………ああ、まあ」
『あれと同じ要領で、新しいコンソールを用意してみた』
「ふむ」
『このゴーグルを使えばお主は、使役したゾンビを、ほとんど自分の肉体同様に動かすことが可能になる』
なるほど。
つまり……、
「これを使って“中央府”に行け、と?」
『……ああ』
アリスは、深刻に答える。
その口調にはどこか、憐憫の色が滲んでいた。
『《死人操作Ⅺ》の能力はそれだけではない。他にもいろいろと……これからの冒険に必要な機能が詰まっている』
「…………ふむ」
『もし、儂の頼みを聞いてくれれば。……特別にこの、《死人操作Ⅺ》を与えよう』
VRゴーグルを外し――一瞬、最歩の顔色をうかがう。
ヤツはいま、満面に笑みを浮かべていた。「ほら、良い話でしょ?」と言わんばかりだ。
――………………。
改めて、アリスの顔を見て。
僕は、彼女の意図を誤解していない。
アリスは今、小さなウソを吐いている。
僕の能力の弱点が露呈しないために。
「……つまり。これを使えば僕は、長距離の旅行が可能になる……と。そういう解釈をしても構わないか?」
「うむ」
その表情はどこか、懇願するようで。
「……………………ふむ」
結局僕は、こう応えるのだった。
「わかった。受ける。……やるよ、この依頼」




