その284 隠されていたもの
「……………………」
“どこにでも行けるドアノブ”を捻って……閉じる。
行き先は再び、夢星最歩の実家だ。
そして僕は、すばやく探索を始めた。
先ほど見かけた、最歩の写真……精一杯の笑顔で偽装していたが、あれは何かのメッセージのように感じた。
その真意はわからないが……。
――たしか、あの写真が指さしていたのは……。
僕は、最初に見かけた、家族写真が貼り出されていたコルクボードをひっくり返す。
「…………む」
そこには、セロハンテープで封をされた、一通の手紙が貼り付けられていた。
「当たりだな」
僕は、手早くそれをポケットに突っ込み、再び“ドアノブ”を握りしめ、振り向く。
そして――すぐ目の前に、“暗黒騎士”がいることに気づいた。
「う、おっ!?」
正直、腰を抜かしかける。
暗闇の中、じっと佇む、異様な風体の男。
絵面的には、ホラー映画のそれだ。
「…………………………」
殺される。そう思った。
だが“暗黒騎士”は、赤く輝く眼でじっとこちらを見つめたまま、一言もしゃべらない。
攻撃してくる、気配もない。
「な、なんだ急に」
とはいえ、油断はできなかった。
今の僕は、普通の人間と同じだ。戦っても、まず勝ち目はないだろう。
「なんのつもりだ。何をするつもりだ、君は?」
そう、訊ねる。
「一応、言っておく。いまの僕は完全に無力だ。一発殴られただけで死ぬ。だから暴力を振るうのは、やめておけ。僕は死ぬぞ。もう簡単に、死ぬ。死ぬからな」
すると彼は、ゆっくりとこちらに一歩、歩み寄り……。
慌てた僕は、さらにこう、まくし立てた。
「ウソだと思うなら“スキル鑑定”してみろ。なんのスキルもないはずだから。――アリスに力を奪われたんだ。信じてくれ。降参する」
我ながら、情けないことこの上ないセリフの連発だが、こんなところで死ぬよりマシだ。
いま、僕の命は、僕だけのものではない。
ここで死ぬと、複数の仲間に大きな迷惑がかかってしまう。
「…………………………」
僕の顔色を読んだのだろうか。
“暗黒騎士”は足を止めて……そして、こう言った。
「………………モア、スローリー…………」
「……え?」
「…………スピーク、モア、スローリー………プリーズ………」
とてつもなく平易な英語で。
「ええと……?」
僕は、少し首を傾げたあと、
「わたしは、たたかい、たくない。のー・ふぁいてぃんぐ」
一言一言、わかりやすいように伝える。
「………………うい。オーケー」
すると“暗黒騎士”は、こくんと頷く。
こちらが少し、拍子抜けするほどの物わかりの良さで。
「ええと…………君は…………」
僕は、彼の顔をじっと見つめて、
「ひょっとして、日本語がしゃべれないのか?」
「????」
「――ええと……」
くそ。
自慢じゃないが、英語は苦手なんだ。
「どぅーゆーのっと、すぴーく、じゃぱにーず?」
「……………………うぃ」
なんと。
僕は唇を真一文字に結んで、片眉を上げる。
――“暗黒騎士”は、寡黙な男だと聞いていたが……。
日本語がしゃべれなかったのか。
僕は、しばらく考え込んで、
「あー、ゆー……」
ええと。「あなたは何者ですか?」って英語でなんていうんだ?
迷っていると、
「アイム、フレンチ」
「フレンチ?」
「うぃ」
ああ、あれか。
フランス人ってことか。
「ええと……ほわっつ、ゆあ、おぶじぇくてぃぶ?」
……「目的」って、オブジェクティブでいいよな?
すると“暗黒騎士”は、しばし固まったのち、
「おぶじぇ……?」
と、首を傾げた。
どうやら、伝わっていないらしい。
くそ。
「あれ、違ったか? ……ええと……じゃあ、」
こうなったら、パッションだ。
「ゴール。ゆあ、ゴール、いず、ほわっと!」
「?」
「ほわっと、ゴール! ほわい!」
「……あー」
何がしたいんだ、お前……と。
アホな英語だが、案外これで通じることを僕は知っている。
そもそも英語は、わりとフワッとした感じでも十分通じる言語だ。
その後彼は、僕と同じくらい下手くそな英語で、こう応えた。
「いんべすてぃげーと」
そろそろ僕も、気づき始めている。
――フランス人の三分の一は、フランス語しかしゃべれないらしいが。
どうやら彼、日本語どころか、ほとんど英語もしゃべれないらしい。
それでも、日本語よりは馴染みのある言語であるため、どうにかそれでコミュニケーションを取ろうとしている……と。そういうことか。
――しかし、困ったぞ。
この感じだと、ほとんど情報共有できそうにない。
とりあえず僕は、もっとも根本的な疑問を口にした。
「ええと……あー、ゆー、えねみー?」
「のん」
良かった。
……まだ、完全に信用できたわけではないが。
「きゃん、あい、らなうぇい?」
「のー」
でも、逃げるのは駄目、と。
「ほわい?」
「しょう、みー、ゆあ、れたー」
……ああ。
見つけた手紙が読みたいのか。
まあ、それで無事、帰してもらえるなら、安い取引だ。
僕は、先ほど見つけた手紙を取りだし、その中身を広げてみせた。
――ええと……。
ただ、その内容は、手書きの日本語のようだ。
「きゃん、ゆー、りーど?」
一応訊ねるが……彼は懐からコンパクト・デジタルカメラを取り出す。
そして、その内容をぱしゃり。
「さんきゅー」
「ゆあ、うぇるかむ」
英語の教科書、一ページ目みたいなやり取りをして。
「きゃん、ゆー、とらんすれーと、ふぉー、あす?」
さらなる要求。
翻訳が必要らしい。
――これまた、厄介な。
僕は、少しだけ肩をすくめて、
「……まあ、いいだろう。ばっど、あいむ、のっと、ぐっど。おーけー?」
「うい」
手紙の内容の、朗読にかかった。




