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その283 全ては“語部”の

『“魔王”……?』

「ええ」

『そりゃまあ。ふつーに。“終末因子”としか』

「それだけ?」

『うむ』


 アリスは、困り眉をこちらに向けます。

 私はその顔をくにゅくにゅ揉みしだき、


「こら、そんな顔しないで。私がいじめているみたいでしょ」

『みたい、っていうか……にありー・いこーる、というか……』

「これはたんなる、情報交換です。おわかり?」

『はあ』

「……他には?」


 そして少女は、しばらく考え込んだのち、


『そーじゃな。ゲームに登場する敵キャラ、みたいな?』

「ふむ」

『儂は“敵キャラ”をやっつける。“敵キャラ”は儂の邪魔をする』

「では、その“敵キャラ”は、誰が産み出しているかごぞんじ?」

『誰……って。そりゃ――』


 アリスは、少し視線を逸らして、


『“メガミ”の誰かでは?』

「……誰か? 知らないの?」

『はあ。少なくとも儂は、誰にも出会ってないが』

「なにそれ。ってことはあなた、対戦相手の顔も知らずにここにいる……ってこと?」


 首肯するアリス。

 私、眉をひそめて、


「……そんな状態で、よくこんなことを続けていられますわね」

『え。だってだって、放っておく訳にはいかないじゃろ』

「そうかもしれませんが……」


 それって、少しアンフェアな気が。

 ゲームってものは、ある程度公平でなくては。


『っつっても儂、問題ないと思っとるけど。実際今、人類は勝ってるし』

「そんなの、一時的に退いただけかも知れないでしょう?」


 一時、有利な状況を作れても……結果的にそれは、敵のつけいる隙を生んでいるだけに過ぎない。人類はいま、勝ち筋のないゲームをやらされているようなものです。


 この分だと私、簡単に世界を滅ぼすことができてしまいそう。

 ……よくないなぁ。

 ゲームには、ほどよいやり甲斐が必要なのに。


『ってか。――おぬしこそ、なんでそんなことを聞く』

「え?」

『おぬしも“語部(テラー)”じゃろーが』


 あー……。

 私は、一瞬だけ視線を逸らして、


「実を言うと私、いつもの状態じゃないんですよ」

『え?』

「あなたの知ってる、なんでもアリな状態じゃないってこと」

『…………へぇ。それはその、哀れな人間の身体に宿っていることと関係が?』

「ええ」

『ふーん』


 アリスは、疑い深そうに私を見て、


『……なんで、そんな真似を?』


 こちらの正体を見極めようとします。

 ひょっとすると彼女、まだ疑っているのかも。


「だって私……ずっと、『物語の主人公』に憧れていたんですもの」

『ものがたり……?』


 私、にっこり笑って、


「『物語の主人公』は、勝利を約束されている存在です。けど、決して“なんでもあり”じゃない。そういうものでしょう?」


 私はやがて、必ず勝ちます。

 この物語は、私のハッピーエンドで幕を閉じます。

 それは、わかりきったこと。


 けれどその道のりには、様々な苦難が待ち受けていなければならない。


『…………………………』


 アリスの表情は、変わらず。


「っていうか、あなたこそどうなんです? アンフェアなゲームをやり続けるくらいなら、他の誰かに尋ねてみたら?」

『儂は――……できない』

「できない? なんで?」

『儂は、“親なし”なんじゃ』

「親なし? 親のいないメガミなんて……」


 と、そこで私、はっと手を口に当て、


「…………あっ」


 私の脳裏に、一つの可能性が浮かびました。


「ひょっとしてあなた、セネカ(幻想)のところの?」

『ああ』

「ありゃま」


 私、苦い顔をして、視線を逸らします。

 なんでって……彼女の“親”を殺したのは――他ならぬ、私なんですもの。


「そりゃ、お気の毒」

『………………』


 アリスは、その事実を知っているのでしょうか?

 彼女はただうつむいて、黙り込むだけ。


「そんじゃー貴女、うちの子になる?」

『お断りじゃ』

「あら、そう」


 アリスの言葉は、どこか吐き捨てるようでした。

 私の方も、それ以上の説得はしません。


『それよりも。――おぬしにはもう、どうしようもないのか?』

「どうって?」

『バグの件』

「ふーむ……」


 私、ちょっぴり腕を組み、


「どうしようもない、ですわね。“獄卒”さんと“楼主”さんには、素直にごめんなさいするしかないです」

『そんなぁ』

「まあ、この手のバグが発生した世界なんて、珍しくもない。よっぽどヤバいやつが沸いてきたなら“救世主(メシア)”案件かもしれないけれど、この分だと大丈夫でしょう」

『…………………………』

「そんな顔しないの。――もし、いよいよマズいことになったら、私が責任を持って対処しますから」

『…………ホントじゃな? 約束したぞ』

「ええ」


 アリスはそれで、少しだけ安心したみたい。

 そこで私――もっとも聞きたかった言葉を口にします。


「ねえ、アリス」

『ん?』

「“魔王”の件だけれど……貴女、他に何人の個体がいると見てます?」

『――。んー……少なくても、二人。一人は最近死んだから……SF好きなヤツと、ゲームのパロディみたいなのが好きなヤツ』


 二人…………。


「その根拠は?」

『実績報酬アイテムのセンス。――あれは、“魔王”側の創作物じゃ』


 そっか。


「……あと。“メガミ”の数は?」

『儂以外に?』

「ええ」

『なら、もう一人いるだけじゃの』

「その根拠は?」

『敵側に“メガミ”が二人以上いるなら、もうとっくに人類は滅びとる』


 ふむふむ。

 実に明快なお答え。気に入りました。


「では、最後に」

『まだ何か在るのか……』

「いま、ここで話したことは、決して口外しないと約束してください」

『……………………』


 アリスは、唇を真一文字に引き結びます。


『――まあ、言われなくてもそうするけど』

「絶対に、と約束してください。特に先光灰里さんには、気をつけるように」

『……………………』

「もし、彼にこのことが知られたら……私、あなたのこと、殺しちゃうかも」

『……………………』


 するとアリスは、諦観の表情で嘆息し……やがて、こう応えました。


『――全ては“語部”の意のままに』


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