その282 二人きり
あれやこれやと、その場しのぎの嘘を吐き。
手に入れたるは、この好機。
『J,K,Project』における、私の最推しキャラクター……先光灰里。
ゲーム的には“先輩”と呼ばれている彼の部屋を出て、私は素早く、庭へと飛び出しました。
――わあ。ここ……!
ゲームでもなんどか見た、豪邸の庭。
すごぉい。親ガチャSSRだぁ……!
ゲームではたしか、ここの草むらで……“センパイ”と結ばれるんでしたっけ。
うふふふふふふふふ。
『こらーっ! 勝手に歩き回ったらだめー!』
リビングの方から、アリスの声。
白髪の“魔女”は、とてとてとおぼつかない足取りで、庭に飛び出してきました。
「ふふふ」
興が乗ってきた私は、しばし追いかけっこを楽しみます。
『こりゃー! まちなさーい!』
「うふふふふ♪ 捕まえてごらんなさぁい」
『こんにゃろー! ききわけなさーい!』
そんな風にして、たっぷり遊んだ後。
『はぁ……はぁ……お、おぬし……あんまちょーしのってると……力……奪っちゃうぞ?』
やってごらんなさい。できないから。
私、にっこり笑って、無力な少女を抱っこします。
『うわっ。はなせ! 不敬にもほどがあるぞ、おぬし!』
「まぁまぁ。そう言わずに」
『ああ、くそ。儂にかかればおぬしなんて、一ひねりなんじゃぞ』
「よしよし」
そう言って私は、少女の頭をくしゃくしゃにします。
『うわぁ。やーめーろー』
でもこの子、本当に優しいのね。
ここまでされて、これっぽっちも反撃しようとしない。
彼女にしてみれば……今の私の存在なんてきっと、虫けらのように見えているでしょうに。
私、アリスの耳もとに口を寄せて、そっと囁きます。
「ねえ、アリス」
『……なんじゃ』
「驚かないで、聞いてほしいんですけれど」
『ん』
「私、――あなたの探してる“あの御方”のこと、知ってる」
『ハァ?』
アリスは、眉を段違いにしてこちらを見上げました。
『知ってるって……やっぱ、会ったことあるのか? “あの御方”に』
「ええ」
私、くすくす笑ってしまいます。
だってきっと……次の言葉を聞いたら彼女、びっくりしてしまうでしょうから。
『っていうかそれ、私のことなんですけど』
「………………は? すまん。もっかい、いって?』
「いやだから。私。私私。あなたが思い浮かべてる人の正体。私」
アリスは一瞬、不思議そうにこちらを見て、
『えー。うっそじゃあ~』
「信じない」という結論を出します。
「じゃ、何か、質問してみたらどう?」
『んー。そんじゃ、おぬしのお兄さんの名前は?』
「“喜劇”のアダム」
『……お姉さんの名前は?』
「アンリ。――“悲劇”の語部」
間髪入れずの即答に、アリスはさっと顔色を蒼くしました。
『………………えっ。まじ?』
「ええ、まじ」
だから、夢星最歩のパソコンにはそもそも、『J,K,Project』は入っていません。
あれのデータは、この世界のどこにもない。
私の世界にしかないものなんです。
アリスは先ほど、異世界の実在について説明していました。
であれば『JKP』に関しては、なんでもかんでも“超常の力”で言い訳がつきます。
灰里さんもきっと、真実に辿り着くことはないでしょう。
『えっ、えっ、えっ、えっ……』
アリスの顔が、どんどん蒼くなっていきます。
いまにも、その場で平伏してしまいそうな雰囲気。
私は、彼女の耳に唇を寄せ、
「変な動きをしないように。この場所、灰里さんの部屋から見えます」
そう、囁きます。
『で、で、で、でも……』
「ご安心ください。いまあなたがどんな態度をとっても、私、笑って許しちゃいます」
『………………』
「でもその代わりに、いくつか質問があるの。教えて下さる?」
『な、なんで……す、か?』
あらあら、かしこまっちゃって。可愛い。
「まず、一つ目。――先光灰里に“プレイヤー”の権限を与えたのは、あなた?」
『えっ。まあ、はい』
「なぜ?」
『それは……その』
アリスは、私の腕の中で指をもじもじして、
『なんか……おもしれーやつじゃな、って思って……』
「なるほど」
それ、わかるー。
彼、話してみると案外、ユーモアいっぱいで面白い人なんですのよね。
「……けれど彼には、もともと“プレイヤー”としての素質があった。でしょう?」
『うん』
そう。
それこそが、私が“ゾンビ使い”と出会った時、彼の正体に気づけなかった理由です。
先光灰里さんってもともと、『JKP』の世界では“獣使い”だったんですよ。
なのに、なんか“ゾンビ使い”とかいう謎のジョブについちゃって……。
誰かに干渉されなくちゃ、こうはなりません。
んで今回その“誰か”は……きっと、アリスだ。そう思ったのです。
「……あなた」
『――?』
「私の推しキャラに、よくも干渉してくださいましたね」
『………………???』
「ホントなら……万死に値するところなんですのよ?」
『え?』
“魔女”の身体が、固く縮こまります。
けれど私、くすくすと笑って、
「けど、今は許しちゃう」
『…………』
実際、“獣使い”でも“ゾンビ使い”でも、彼のパーソナリティに大きく影響はなさそう。たぶん、誤差みたいなものなんでしょう。
それよりも今は、気になることがありました。
「んで、ここからが本題。――ねえ、アリス」
『な……なんじゃい』
「この世界に、いま。『J,K,Project』のプレイヤーは、何人いる?」
『何人……というと?』
「わからないかな。私以外の異世界人は、何人いるの? ってこと」
『?????』
そこまで聞いても、アリスは不思議そうなまま。
私、ちょっぴり嫌な予感がしました。
……この娘ひょっとして……なんにも知らない、とか?
「ええと。――質問を変えます」
『はあ』
「あなた……“魔王”と呼ばれている存在を、どのように認識しているのかしら?」




