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その280 夢星家にて

 そうして開かれた扉の先は……しんと静まりかえった、暗い室内。

 僕はいったん、慎重に周囲を覗き込み、


「ゾンビとかは……」


 と、注意を促した。


「――いなそうだ」


 『モニターの向こう側』に来て、ようやく気づく。

 この世の中は、思ったより暗くて、怖い。


「まあ、そうでしょう。ここを出るとき、ちゃーんと戸締まりしておきましたので」

「だとしても、人が入り込んでいる可能性はある」

「たしかに」


 最歩は念のため、ブロッコリー型の身体強化タブレットを噛みながら、


「(もぐもぐ)では、私に着いてきてください(もぐもぐ)」


 僕たちを先導する。


「……結構、大きい家に住んでたんだな」


 夢星最歩の実家は、わりと裕福な中流家庭、という感じだ。

 自宅ほど大きくはないが、なに不自由なく育てられたことがうかがえる……そんな、暖かな雰囲気の家だった。


――こんな家で育って、よくもまあこんな、ねじくれた性格に育ったもんだ。


 家の一角には、コルクボードに貼り付けられた家族写真が大量に並んでいる。

 まだ、子供の頃の最歩の姿もあった。いまとは別人のような笑顔を浮かべている。

 それを観ていたアリスが、ふと口を開いた。


『そーいや、おぬしの家族は?』

「死にました」

『そっか』


 アリスは、少しだけ眉を段違いにして、


『ゾンビに?』

「はい」

『そりゃ、残念じゃったの』

「いまどき、珍しいことじゃないですよ」

『まあの』

「だいたい、こうなったのも全部、あなたの責任では?」

『……そういう質問、時々あるんじゃが』


 すると少女は、深く深くため息を吐いて、


『この際、はっきりと言っておく。世界がこうなったのは、儂自身の意志とは関係がない』

「あら、そうなの?」

『うむ。――この世界がこうなることは、最初から決まっていたことなんじゃ』

「ふぅん……」


 二人の会話を、軽く聞き流しつつ。

 僕は耳を澄ませて……家の中の気配を探った。


 結果、築年数の経った家特有の、


 みし、


 という音を聞きつけるが……その正体まではわからない。


「……最歩」

「――?」

「君の部屋は、どこだ?」

「二階に上がって右です」

「一応、先導してくれ。誰かいるかもしれない」

「ふむ」


 無敵の防御力を持つ彼女は、少し危機感が足りない。

 最歩は、馴れ馴れしく僕の肩に手を置いて、


「ご安心を。命に替えても、私が護ります」


 ホントかよ。


『戦闘員は最歩だけ。……場合によっちゃ、すぐ逃げるぞ。すぐ』


 ちなみに、“獄卒”と“楼主”は『魔性乃家』で待機中。

 今後の身の振り方について、しっかりと考える必要があるのだろう。

 落ち着く時間が必要、とのことだ。


「まあまあ。大丈夫ですよ。きっと」

「……おまえ、その甘い見通しで、これまでなんど失敗してきた?」

「数え切れないほど」

「だったら」

「それでも我々は、前に進むのです。この世には、バカにしか切り拓けない道もあります」


 …………。

 こいつ、バカの自覚あったのか。


「ではでは。こちらへ」


 そうして最歩は、足早に二階へと向かう。



 そうして、『♪さいほのおへや♪』と題されたその扉に手を当てて。

 その時だった。


 がたっ、ごと。


 と。

 一瞬前まで気のせいかと思われた物音が、明らかな存在感を持って聞こえてきたのは。


「……えっ」


 最歩がぎょっとして、


「うわ。嫌だ」


 力任せに扉を開く。

 罠があるかもしれない――そんな忠告は、まったく間に合わなかった。


「誰ですのっ」


 最歩は、たったいま、ゴキブリを見つけたかのようにヒステリックに叫んだ。

 するとそこには……一人、奇妙な男が立っている。


 全身を、漆黒の鎧で身に包んだ男だ。

 彼は、フルフェイスの兜の奥に、不気味に光る目でこちらを見て。


「………………!」


 すぐさま、その場にかがみ込む。


「あなた、そこで、何を……!?」


 最歩が問いかけるが――目の前の彼は、地面に向かって“ドアノブ”をひねる。

 瞬間、フローリングの床に木製の扉が出現。


「あっ」


 最歩が、慌てて室内に飛び込むが……時既に遅し。

 鎧の男は、すぐさまその扉を開けて、姿を消してしまった。


――“どこにでも行けるドアノブ”だ。


 僕は、苦い表情を作って……室内のものを見据える。

 たったいま、この瞬間まで、鎧の男が物色していたもの。

 べたべたとアニメキャラのシールが貼られた、一台のデスクトップパソコンだ。

 恐らく、たった今まで《雷系魔法》によって通電されていたそれは、――術者の消失と共に、ぷつりと電源が落ちる。


 僕は、室内を見回しながら、


「何か盗まれたか?」


 そう、問いかける。

 ヤツの動き――明らかに、何かを持ち出そうとした感じだ。

 だが、


「いいえ。大丈夫そうです」


 どうも、ヤツは失敗したらしい。


――よほど慌てていたのか。


 最歩が、大型のゲーミングPCを持っていてくれてよかった。

 ノートPCだったら、咄嗟に持ち出されていたかもしれない。


「今のヤツ……」


 僕は、苦い表情で呟く。

 あいつには、見覚えがある。……というか、“プレイヤー”の界隈では、そこそこの有名人だ。

 全身を、黒い鎧で身に包んだ妙な男。


――“暗黒騎士”。


 名前だけしかしらないが、あんな格好では、嫌でも目立つ。

 確か最近では、“ランダム・エフェクト”に所属していた記憶があるが……。


「生きていたのか」


 てっきり東京駅の一件で、殺されてしまったんだと思い込んでいた。


「なんなんだ、あいつ……?」


 眉をひそめる。

 なんだか、不気味な感じだ。


――しかも、このタイミングの登場。


 何か、こちらの意図と無関係ではない気がする。

 あるいは――先ほどまでの、僕たちの会話。

 聞かれていたのかもしれない。


 “ドアノブ”持ちなら話を聞いてからでも、この場所に出現することはできるはず。


 少し、嫌な予感がした。

 これ――あるいは。


「……むう」


 最歩は唇を尖らせ……改めて通電させたPCを、カチカチ弄っている。


「やられてしまったかもしれません」

「――何?」

「『J,K,Project』、消されてしまったかも……」


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