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その279 あの御方

「…………ふむ」


 この世界のゲームではない、か。

 たしかに僕も、『J,K,Project』なるシロモノの知識はない。

 とはいえそれは、女性向けのゲームについて明るくないからだと思っていたが。


「………………」


 と、なると。


「そのへん、どうなんだ?」


 最歩を見る。

 その話が事実なら……最歩は、この世界の住人ではない、という結論に行き着くが。


「へ? なんですか?」

「……『JKP』についてだ。きみはそのゲーム、いつ知ったんだ?」

「いつ……と言われましても。ふつーにDMMのサイトからダウンロードしただけですけれど」


 ホントかよ。

 っていうか、DMMで配信されてたのか、『JKP』。


『そんなばかな』


 アリスは、不思議そうに少女を見上げる。


『さっきググったけど、そんなゲームの情報、どこにもなかったぞ?』

「そういわれても。情報が失われているだけでは?」

『そんなぁ。Google先生が知らないことなんてないはず……』


 困惑するアリスに――最歩は「んー」と、人差し指に手を当てて、


「あ、でも」

『――?』

「言われてみればそのゲーム、他にプレイしている人、みたことないかも」

『……ほう』

「ひょっとすると何か、超自然的な力が働いて、私にゲームをプレイさせたのかもしれませんよ」


 そんな馬鹿な。

 18禁の女性向けゲームをプレイさせる超自然的な力って、どんなんだよ。


 そう思っていると、


『………………えっ』


 アリスの目が、大きく見開かれた。


『それって……いや、まさか……』

「――?」

『ああ、いや、その。儂、そういう妙な真似をする御方を一人、知っているから……』

「…………へー。そうなんですか。ほー。『妙な真似をする』ね……」

『…………………………』


 白髪の少女が、苦悩のあまり頭を抱える。

 その顔色は、先ほどよりもっと血の気が失せていた。


――いまアリスのヤツ、“御方”という言葉を使ったな。


 つまり、こいつの上にまだ、もっとヤバいヤツがいる……ということか?

 この情報は初耳だな。心のノートにメモしておこう。


『もし、あの御方が関わっているなら……ちょっぴり話が変わってきたぞ』

「どういうこと、です?」

『その御方に直接、話を通せば――ひょっとするとぜんぶ、解決することができるかもしれん』

「ほうほう」

『なあ、最歩。――おぬし、これまでに何か、妙な生き物から話しかけられたことはないか?』

「んー」


 最歩は、少しの間視線を宙空に泳がせて、


「どうかしら。あんまり覚えてないかも」

『あー。そうか……』


 アリスは腕を組み、


『ばんじ、きゅうす……』


 しょんぼりとうつむく。

 そこで僕は、口を挟んだ。


「なあ、――それなら、最歩の自宅に行くというのはどうだ」

『えっ?』

「もし運が良ければ、まだ『J,K,Project』とやらがインストールされてるPCが残っているかもしれない。だろ?」


 そうすれば、アリスの言う“あの御方”とやらの正体に近づけるかもしれない。


『あっ。そっか!』


 アリスがぴょんと跳びはねて、僕の肩に抱きついた。


『お手柄じゃぞ! 灰里』


 いやいや。

 誰でも気づける程度の指摘だと思うが。


 どうもアリスのヤツ、この程度のことも思い当たらないほど、追い詰められていたらしい。



「――ちょいまち」


 盛り上がる僕たちをよそに、“楼主”は冷静だった。


「その前に……いま。この土地は、危険な状態にある。一人の“奴隷使い”がいなくなったお陰でね」

『え? ああ……』

「だからいまは、その保障がほしい。うちの子たちが安全に暮らせるような保障が」

『ふむ』


 アリスはそこで、ちょっぴり考え込んで、


『それなら、こういうのはどうじゃ。誰か一人に力を預けてみる、というのは』

「…………?」

『いちおう、お主らのスキルとジョブはしっかり“記録(セーブ)”してある。あとは、それを丸ごと、信頼出来る誰かに移してしまえば良い』

「…………それは」


 “楼主”の視線が泳ぐ。


「ううむ。……難しいね。妾が弱いままなのは変わらないんだろ?」

『うん。……残念じゃが、いまの状況が続く限り、お主らが“プレイヤー”として復帰するのは無理じゃろーな』

「そうか」

『だからその、“信頼できる誰か”は慎重に選んだ方が良い。力をくれた恩義をしっかりと感じて、生活に困らないよう、ずっと面倒を見てくれる“誰か”を』

「………………」


 “楼主”は、一瞬だけ“獄卒”と目を合わせ、


「今のとこ、それ以外の解決策は……ない?」

『ああ。少なくとも儂には、思いつかんあぁ』

「そうかい」


 深くため息を吐く“楼主”。


「しゃーない。なんか……良い相手を、見繕っておくよ」

『頼む』


 次いで“獄卒”が、


「“東京駅”の仲間は、みんな死んでしまった。俺は、誰も思いつかん」

『それなら、保留にしてもいい。……気にするな。そのうちまた、友達くらいできるって』

「……貴様がそれを言うのか」


 再び、彼の目に殺気が漲り――


「そんじゃ、さっさと行きましょ」


 それを遮るように、最歩が“どこにでも行けるドアノブ”を構えた。


「目的地は……私の実家、ということで~。そんじゃ!」


 扉が、開く。


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