その278 バグを引き起こすもの
そうして、いったん落ち着いて。
僕たちは、『魔性乃家』の応接室と思われる空間にいる。
目の前には、人数分のオレンジジュース。
大きめの氷がで冷やされたそれを口にしながら……僕たちは、対話を始めていた。
対面には、“楼主”と“獄卒”。
僕の隣には、アリスと最歩がピッタリ引っ付いている。
「ちょっと、君ら」
「うふふ♪」
『ム』
「すこし、暑苦しいんだが」
「うふふふふ♪」
『ムムム』
こいつら、ぜんぜん離れねえ。
なんだか、妙な絵面だった。
ハーレム系ラノベの主人公にでもなった気分だ。……たぶん、大きな勘違いなんだろうけど。
「………………――やれやれ」
“楼主”の目線には、どこか剣呑な雰囲気が宿っている。
「まず、確認しておきたいことがある。妾たちの症状――“バグ”と言ったかい。あれはいったい、どういう原因で起こるやつなんだ?」
『それは……』
アリスは、少しだけ困った表情を見せたのち、
『うまく……説明するのが……難しい、けど。……まず』
ちらりと、こちらの顔色をうかがう。
僕はその意味を、うっすらと察していた。
『ちょいと、この世界の在り方について説明しなきゃならんのじゃが』
「…………ずいぶん、規模の大きな話になってきたね」
『我慢しろ。そうでもしなきゃ、説明できん』
「……………………じゃ、どうぞ」
『実を言うとな。この宇宙……というかこの世界は……たった一つだけではない。ものすごく数がたくさんあって。もっともっと、多様な世界が存在しているんじゃ』
「…………。SF映画とかに出てくる、並行世界とか……多元宇宙ってことかい」
『そう、それ』
さらりと、重大発言。
ただ僕は、それに関してはすでに知っている。
かつて僕は“ジャイアントキリング”と呼ばれる実績の報酬で、
――”稀覯本『多重人間原理』”は、こことは異なる次元の認識、物理法則についての考察が書かれた一冊です。この本を使用することにより、”怪獣”の動きを一時的に封じることができます。
という情報を聞いている。
その他にも、“実績報酬”に関するアイテムは、この世界とは違う物理法則で成り立っているアイテムが多く見つけられた。
ゆえに僕は、こう思ったのだ。
――恐らく“実績報酬”アイテムは、こことは違う……異世界の産物だ。
と。
故に、こことは違う世界――異世界は実在する。
僕の考えた“世界の救い方”は、その推理を元に組み立てたものだ。
「…………それで?」
“獄卒”が、不機嫌そうに続きを促した。
どうも彼、この世界の正体にはそれほど興味はなさそうだ。
人生の在り方について考える、良い機会だと思うのだが。
『んで、まあ。わかりやすくいうと、各世界には階層があるわけ』
「てぃあー?」
『そう。まあ、すっごく簡単に言うと、じゃけど』
「ふむ……」
“楼主”は、顎に手を当てて、
「上位次元、みたいなイメージかね」
『言い換えればな』
「大学のころ、振興宗教の勧誘に来た変人どもが、しきりに話してた覚えがある。『我々は、魂を上位次元に昇華させなければならない』とかなんとか」
『そういうのとは、ちょっと違うな。それ多分、死後の世界とかそんな感じのやつじゃろ?』
「……。たぶんね」
『よしんば、お主らが異世界に移動することができたとしても。――酸素の割合とか、食料の具合とか……いろいろと細かいところが違っていて、たぶん、生きていくことは困難かと思う』
「へー。そういうものなんだ」
『うむ。そういうものなんじゃよ』
“楼主”が考えているのは、天国とか地獄とか、そういう概念のことだろう。
アリスが言っているのは、単なる別世界の話でしかない。
『それでな。この世界は残念ながら……あんまり、高い階層に位置してない』
「…………そうかね」
『そして、高い階層の住人はときどき、低い階層の世界を観測することがある。――面白半分での』
「面白、半分?」
『例えるなら……そうじゃの。お主らにとっての、漫画とか、アニメとか、小説とか……ゲームとか。あれを楽しむ感じに近い』
「妾たちの世界は、異世界の連中の玩具ってこと?」
『ぶっちゃけるとまあ、そう』
アリスの言葉に、“楼主”は唇を尖らせる。
「……うすうす勘づいていたけどね」
特に、驚いた雰囲気ではない。
“プレイヤー”ならば皆、その程度の想像力は働かせている。
僕自身、この事実に気付いた時も、大してショックは受けなかったし。
『んで、まー。この世界は、いくつかの“コンセプト”に基づいて設計されとる』
「コンセプト?」
『悪いが、それについては説明できん』
「なあ、アリス。この期に及んで、出し惜しみはなしだよ」
『すまんが、そういう問題じゃないんよ。――“コンセプト”に関しては、儂もよく知らないから』
言い訳するような口調だが……嘘を吐いている感じはしない。
『いずれにせよその、“コンセプト”にそぐわない要素が、この世界に入り込んでしまっとる。んで、そのせいで、ずーっとおかしなことが起こってる。……“バグ”もそのせい』
「………………」
アリスが、どんどん僕に引っ付いてくる。
話せば話すほど、自分の中の不安が増大している……そんな感じだ。
そうしていると、
「なるほどぉ」
どこか白々しい口調で、最歩がアリスを引き剥がした。
「じゃあ、その“要素”を削除できれば、“バグ”も消える?」
アリスはしばし、『あう、あう』と、溺れる人のように唸っていたが、
『…………。ところが、そういう訳にもいかん』
やがて気持ちを持ち直して、そう言った。
『“バグ”は、この世界としっかり定着してしまっておる。たぶん永遠に、元に戻ることはない』
それは、恐るべき死の宣告であった。
この世界そのものが、不治の病にかかっている……そう言われたようなものだ。
「ちなみにその、“バグ”を引き起こしている“要素”って、具体的になんなんです?」
『それについてはすでに、おおよそ検討がついておる』
「ほう」
『さきほど、灰里が話してくれた……“J,K,Project”というゲーム。それが全ての根源だと思う』
「………………」
『儂は――そのゲームを、知らない。聞いたこともない。……たぶんそのゲームは……』
アリスはうつむいて、こう応える。
『この世界の、ものではない』
「………………………………」
『だから、そのゲームと、ゲームに関係するありとあらゆるものが、ノイズになってる。――そういうことだと思う』




