その26 ホームセンター前で
大通りに面した駐車場にはいま、ぽかぽかと暖かな日射しが照りつけていた。
そんな中、”ゾンビ”どもは日向ぼっこでも愉しんでいるかのように、無軌道な散歩を行っている。
連中のうち、四、五匹がホームセンターの出入り口にたむろしていて、内部への侵入を試みていた。
『わざわざみんな相手にする必要はなさそう、だけどな』
僕も頷く。
もちろん、無用なリスクは回避するようにしたい。
だが今回の場合は少し、試したいことがあった。
チャット機能を起動し、
『ちょっとまってろ。ちょっぴり、けんしょーさぎょう』
『検証作業? ああ、……レベルアップしたんだっけ』
『うん』
弟を安全な建物の中に残らせて、ホームセンター前にある、二車線の道路へと足を踏み出した。
まずは、『遠隔武器と投擲の精度上昇』から。
これまで(豪姫の運動神経がもともと良いのも手伝ってか)精度に不満を感じたことはなかったが……ものは試しだ。
僕はまず、ショベルを壁に立てかけ、その辺のビール瓶を拾い上げる。
――コントなんかではわりと簡単に割れるが、確かこれ、人間の頭蓋骨よりずっと硬いんだっけか。
そして、道路の隅でどこかの誰かの足をむしゃむしゃ喰らっている一匹に狙いをつける。
……ふむ。
確かに、以前まで感じられた微妙な”ぶれ”は消えているな。
とはいえこのくらい、プレイヤーの腕で制御できなくもないレベルだ。
もちろん、この微妙な差が生死を分けることも、なくはないだろうが……。
そのまま、押しっぱなしにしていたGキーを離す。
同時に、豪姫がビール瓶を投擲した。
くるくると縦回転しながら、それは見事、”ゾンビ”の後頭部に直撃する。
ぱあんと音を立てて瓶が破砕し、その頭蓋が砕け、脳漿がぱっと宙を舞った。
『――が、あ……ッ』
そしてそいつは、それきりピクリとも動かなくなる。
「……ほう?」
片眉が上がった。
一撃。まさか一撃とは。
とはいえ今のは、投擲物と当たり所に恵まれた結果だ。敵に追われているような状況でとっさに出せる技ではない。試しに、その辺に落ちてるコンクリート片を投げてみたところ、どれも”ゾンビ”を殺すには至らなかった。
とはいえ、……だ。
安全地帯から敵を始末する手段を得たことは大きい。
これはつまり、今後はほとんどリスクなしに”ゾンビ”の数を減らせるということ。
――これからは、ちょうどいい投げ物も集めておくべきかもな。
投石は人類最古の攻撃手段である。
”ゾンビ”相手にはもちろん、人間と戦う場合にも有効な戦法になるだろう。
「よし。では、次。『攻撃力の上昇』だな」
それが、どれほど以前と違っているか。
僕は、いったん放置しておいたショベルを拾い上げ、こちらに気付いた”ゾンビ”数匹に向かい合う。
何度か、素振りをしてみたりして。
『おーい、兄貴。手伝った方がいいか?』
今さらになって訊ねてくる弟に、無言のままジャンプ三回。事前に決めていた、「下がってろ」の合図だ。何ごとも無駄な準備はない。
まず、軽い気持ちで向かってくる”ゾンビ”の両腕を払う。
するとたったそれだけで、奴の両腕が千切れ跳び、地面を転がった。
「……おお!?」
『なんじゃあ、今の!?』
兄弟そろって、驚きの声を上げる。
確かに”ゾンビ”の力は常人を遙かに上回るが……まさか、ここまで強くなっているとは。腕を失い、水揚げされた魚のようにびくびくと跳ねる”ゾンビ”に、僕は慌ててトドメを刺す。
そのまま、残った”ゾンビ”も順番に相手をしていくのだが……どの敵も、頭に向けてワンクリックで終わりだった。これまでのように”強攻撃”を繰り出す必要もない。
何より助かるのが、ショベルの刃先を使わずとも”ゾンビ”の始末ができている点。今の豪姫は、ほとんど単純な膂力のみで人間の頭蓋を吹き飛ばすことができている。
――ますます化け物じみてきたな。
もうこうなってくると”ゾンビ”の相手など、マリオにクリボーを踏ませるよりも容易い。二十匹程度の”ゾンビ”くらい、相手にもならないだろう。
『すげえぞ、兄貴! もう敵なしじゃねえか!』
大きく嘆息して、チャット機能を起動。
『ためしたいことは、おわった』
『そっか』
『いちおう、のこりぜんぶ、やる』
『残り全部? わざわざ?』
『ねんのためな。もうやつらは、こわくない』
『オーケイ。確かに、このへんは少しでも安全な方がいい』
『そのあと、ホームセンターに、はいる』
『だな。で、おれはこの後……なにをすればいい?』
正直、もう一人でも何とかなると思われた、が。
『さくてきを、たのむ』
『索敵?』
『やってくる”ゾンビ”の、ほうこうを、いってくれ』
PCモニター越しよりも、現場にいる人間の方が、その辺の感覚は鋭いだろう。
『それだけか?』
『ああ。それいじょうは、なにもしなくて、いい』
『……わかった』
以前、怖い思いをしたのがよほど効いているらしい。
さすがにそれに関して異論はないらしかった。
『あ、そうだ。……もうひとつ、たいせつな、しごとがある』
『ん?』
『いいわけを、かんがえておいてくれ』
『言い訳?』
『ごうきが、つよくなりすぎてる。おんなたちが、ふしぎにおもう』
『ああ。……確かに』
軽口だと思ったのか、苦笑する弟。
僕は人知れず、苦い顔を作る。
しっかりしてくれよ。
その嘘に乗っかるのは亮平、お前自身なんだぜ。