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その277 壊れた二人

 “楼主”と“獄卒”の部屋に向かうと――そこで待ち受けていたのは、奇怪な光景であった。

 ごく普通の部屋。

 ダブルベッドの上で一人、金髪碧眼の男が横になっている。

 彼は虚空を見つめながら、このようなセリフを吐き続けていた。




「ようこそ。アイテム屋へ。

ここは、“プレイヤー”たちから買い集めたアイテムを取引している。

もし良かったら、みていってくれ」


「ここのアイテムを買うには、特別な宝石(有償)が必要だ。

いつものコイン(無償)では購入できないから気をつけてくれよ」


「お買い上げ、ありがとう。

ここで装備していくかい?」


「宝石は、ミニゲームをあそぶことでも貯めることが可能だよ。

ミニゲームは、あんたのスタミナが溜まっている分だけ、無料で遊べちまうんだ」


「どうやら疲れているようだね。

いったんここで、休んでいきな。

なあに、お代は要らないよ。妾たちの仲だろ?」




 一方“獄卒”は、壁の方向に歩きながら、




「きみは、足下を調べた。

しかし、なにも見つからなかった!」




 同じ言葉を、延々と繰り返している。

 僕は眉をひそめて、


「これは……」


 ちょっぴり、引いた。


「以前見た時より、ひどくなってないか?」

「しばらくはマシだったはずですが……どうも、急におかしくなりはじめたみたい」

「そうか……」


 まさかそれ、アリスのせいじゃないだろうな?

 ちらりと視線を送ると、


『うわっ。やべーなこれ。マジか……』


 アリスも、顔色を蒼くしている。


『なんでこんなことになっとる? うーん……』


 そして、ちらりとこちらを見て。


『いっそこいつら、亡き者に……』

「こら。悪い冗談はやめろ」

『わかってる。わかってるけど……うーん』


 そうしてアリスは渋い顔して、


『こーなったらもう、“プレイヤー”としての権利を剥奪するしか……』

「なんだって」


 驚いて、


「それは……さすがに酷だろ」

『しかし、このままっちゅうわけにもいかんだろ』


 アリスは、“楼主”の顔をじっと覗き込んで、


『うーん。……わけがわからん』


 と、眉をひそめた。

 僕は、アリスの隣に座り込み、


「これは、本人だけの問題じゃない。“プレイヤー”は、多くの人々にとっての希望なんだ。――ただ、力を奪うだけなんてのは、やめてやってくれよ」


 とくに“楼主”は、優秀な“奴隷使い”だ。

 彼を失えば、この土地に住む人々は大いに困るだろう。さすがに放っておく訳にはいかない。


『だが――悪さしているのは、“プレイヤー”としての能力があるからっぽい。こやつを救うには、何もかもなかったことにして、ごく普通の人間に戻すしか……』

「…………むう」


 僕は、しばし顔をしかめて、


「もし、それをするにしても――本人の意志を確認しなければ」


 “プレイヤー”から、スキルの力を奪う。

 場合によってはそれは、自殺してもおかしくないくらい残酷な行為だ。


「一時的に、話をするくらいのことはできないのか」

『できる。――お主にしたように、力を一時的に奪えばいいだけの話じゃ』

「では、頼む」

『わかった』


 そしてアリスは、“獄卒”と“楼主”をちらっと観て、


『はい、終わった』


 たったそれだけで、仕事が終了する。

 さっき僕にしたように――アリスにとって“プレイヤー”の権利を剥奪するのは、瞬き一つ程度の労力しかかからないらしい。


「…………………………」

「…………………………」


 ふいに、二人の男が身を起こす。


「――大丈夫か?」


 僕が訊ねると、どすん、と音を立て、“獄卒”が壁を叩いた。


「くそっ」


 アリスが、そっと僕の影に隠れる。


「どんどん、自分が自分じゃなくなってる感じがする。――おい」


 “獄卒”が、つかつかと僕の方に詰め寄って、


「こうなったからには……責任を取ってもらえるんだろうな?」

『えっと、それは……』


 アリスが、僕の腰周りのシャツを握って、視線を落とした。


『それは……ちょっと。やってみないと、わからん、かも』

「わからない? ――わからないじゃ、困るだろう……!」


 “獄卒”の語気が、少し強まる。


「これまで、ずっとこの力を頼りにして生きてきたんだっ。それを、急に取り上げるなんてっ」

『そ、そう言われても……』


 アリスは、ますます僕を盾にする。

 絵面的には、僕の方が“獄卒”に詰められている感じだ。


「落ち着け」


 僕は、目の前の彼から少し距離を置く。


「感情的になっても仕方ないだろ。建設的に話し合おう」

「ふざけるなっ。――貴様、他人ごとだと思って」

「他人ごとだから、公平な提案ができるのだ。そうだろう」


 一瞬、“獄卒”の目つきに殺気が宿る。

 とはいえ、今の僕たちは普通の人間だ。お互い、下手なことはできない。


「彼の言うとおりだ。天に唾、吐くようなもんだよ」


 仲裁に入ったのは、“楼主”さんだった。

 彼は、中性的に落ち着いた口調で、


「アリスを困らせるくらいなら、良い条件を取引した方がいい。――だろ?」


 商売人らしい意見を口にする。


「もちろんこうなった以上、……タダで済ますつもりはないけどね?」


 ちらと、アリスの顔を見る。

 少女はいま、すっかり困り果てて、虐待を受けた仔犬のように震えていた。

 アリスが……ここまでショックを受けているところを見たのは、これが初めてかもしれない。


「……………」


 内心僕は、こう思っている。

 ひょっとするとこれは、チャンスだろうか。


 この、流れ。

 またアリスから、新たな情報を引き出せる、かも。


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