その275 魔性乃家へ
「ところで、移動はどうする? ――まさか、徒歩で行くわけにもいくまい」
『それな』
するとアリスは、ごそごそとポケットの中をまさぐって、
『今回は、おぬしも一緒じゃから~……』
ごく一般的な、金属製のドアノブに見えるものを取り出す。
『――これを使う』
僕にはそのアイテムに、見覚えがあった。
「“どこにでも行けるドアノブ”か」
『なんじゃ、知っとるのか。結構なレアアイテムのはずなんじゃけど』
「ふーん。……ちなみにそれ、どういう条件で手に入る?」
『申し訳ないが、ネタバレはNG』
「別に、教えてくれてもいいじゃないか。“実績報酬”はもう、廃止されたルールだろ?」
『うふふふふ。うふ。ひみつひみつ、ひみつ!』
…………。
やっぱりまだ、何かあるんだな。
『まず向かうのはその、“獄卒”とかいうやつのところがいいのか?』
「いや。その前にいったん、夢星最歩と会う段取りになってる」
『ん。わかった』
「まずはいったん、“魔性乃家”の受付へ。そこで“楼主”に仲介を頼もう」
『りょーかい』
アリスはさっそく、“ドアノブ”を捻る。
すると、何もない空間に『わし専用』というプレート付きの扉が出現した。
『んじゃ、さっそく移動するぞ』
「たのむ」
“プレイヤー”になってからというもの、こういう奇妙なものを山ほど見てきたが……未だに慣れないな。
僕は、彼女に続こうとして……。
「念のため確認しておく。――もう僕は、外に出て大丈夫なのか?」
確認は大事だ。
なにせ、自分の命が関わっている。
『もちろん。せっかくのゲーム友達を、ザコ死させたりはせんよ』
それならいいのだが。
『でも、いちおー試しに、ゾンビを動かしてみろ』
「ん」
さっそく、《死人操作》アプリを開いたところ……、
『このたびは、ご不便をおかけしてたいへん申し訳ありません。
予期せぬエラーが発生しているため、現在、このアプリを使用できません。
カスタマーサポートにご連絡ください。
カスタマーサポートセンター TEL:000(✕✕✕✕)■■■■』
表示されたサポートセンターの電話番号には、見覚えがある。
平時、僕の家の電話番号だった数列だ。無論、いまはどこにも通じてない。
たぶんアリスのわかりにくい冗談だろう。ちょっと滑ってる気がする。
「……ふむ。――まあとにかく、使えなくなってはいる」
『なら、間違いなく《死人操作》は消えとる。いまのお主は、普通人と一緒じゃ』
“魔力切れ”の時と違って、肉体的にはそれほど変化した感じはしないな。
「僕のゾンビたち、暴れ出したりしないよな?」
『してない、してない。そもそも、いったん使役したゾンビって、その辺にいる“ゾンビ”と似て非なる存在になっとるから。自ら人を襲うことはないよ』
「へー」
そうだったのか。
『実際これまで、魔力切れを起こしても、ゾンビが暴走することなかったじゃろ?』
「まあ、たしかに」
これまで何度か、そういうリスクが頭を掠めたことはあったが。
『ま、そーいうことじゃから。とりあえず、移動するぞー』
「あ……ちょっとまて」
僕は慌てて、マスクとサングラスを装着。
一昔前の配信者みたいな格好だ。
「よし。行こう」
今後のため、“ゾンビ使い”の顔を知られる訳にはいかない。
簡易な変装だが、何もしないよりはマシだろう。
▼
そうして、ガチャリ。
開かれた扉のその先は――一流ホテルのフロントを思わせる空間だ。
微かなラベンダーの香りと、穏やかな曲調のBGM。
ふかふかの絨毯を少し進むと、きちんとした身なりの青年が待ち受けていた。
思えば僕、風俗店に入るのはこれが初めてだ。
なんだか悪事に手を染めている気がして……ちょっと緊張するな。
「ええっと。どなたです?」
青年が、目を丸くしている。
“どこにでも行けるドアノブ”を使って現れたのだから、彼が驚くのも無理はない。
「夢星最歩に会いに来た」
「――何ですって」
彼の表情に『警戒』の色が浮かぶ。
僕たちを、“サンクチュアリ”の追っ手と勘違いしたのかもしれない。
「僕たちは、敵じゃない。“バグ”の件で、話があるんだが」
「――バグ?」
「最歩から、なにも聞いてない?」
「はあ」
「ではいったん、“楼主”に話を通してほしい」
「“楼主”様はいま、留守にしてます」
「留守? 何故です」
「体調不良っす」
そうか。
僕とアリスは顔を見合わせ、
「……間が悪いな」
と、肩をすくめた。
最歩のようなお尋ね者と会うには、仲介人を通すのがスムーズなのだが。
――今回は、直接会うしかないか。
と、その時。
ぴりりりり、と、内線電話が鳴る。
青年は少し、慌ててそれに出て、
「え? あ……そうっすね……二人、来てます……」
ちらりと、監視カメラに目線を送る。
どうやら、一連の会話は観られていたらしい。
「ああ……はあはあ。なるほど……はいはい」
しばし、その様子を見守っていると……、
「あー、なるほどなるほど。おっけーっす。――わかりました……信用していい、と……」
どうやら、雲行きが変わってきているらしい。
青年は、ガチャリと電話を切って。
「あのぉ。――会ってくれるそうです」
「会うって、……楼主”が?」
「いいえ。最歩さんが」
「最歩はいま、ここにいる?」
「はい」
彼、少し困ったように頭を掻いて、
「ちなみにこれ、ここだけの話っすよぉ?」
「………………」
いつの間にか最歩のヤツ、アジトをここに移しているらしい。
内心僕は、首を傾げている。
――それはさすがに……悪手にもほどがあるんじゃないか?
そう思えたからだ。




