表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

275/300

その273 弟

「――以上が、東京駅で起こったことの顛末だ」


 ナナミさんとの戦いから、数日ほど時間をおいて。

 僕は、弟である先光亮平を自宅に呼んだのち、情報共有を行っている。


「…………なんか、いろいろあったみたいだな」


 話を聞き終えて……亮平は、なんだか複雑そうに、僕の自室のドア――スイーツ王国の刺客に破壊されたやつ――を検分した。


「あーあ。派手に留め金が壊れちまって……」

「これ、もうどうしようもないかな」

「んー。まあ、ここの板を補強すれば……なんとか」

「たのむ」


 率直に頭を下げると……弟は、ぽりぽりと鼻の頭を掻いて、


「まあ、おれに手伝えることなんて、あんまりないからな」

「別に、そんなことはないが」

「いーや。そうさ」


 亮平の口調には、皮肉な含みがある。


「それで。――“サンクチュアリ”の動向はどうだ?」


 弟は今、かなり出世していて……航空公園にいる避難民の代表を務めているらしい。

 いまはその立場を利用して、色々と情報を流してもらっている。


「ひとまずナナミさんは、“サンクチュアリ”で預かることになった。……あの人、野に放つには強すぎるからなぁ」

「ふむ。――だが、いいのか?」

「少なくともみんなは、問題ないって言ってるよ。だいたいあの人、もとは“終わらせるもの”の友達だったんだろ? いまやあの娘は、この国の“救世主”だ。文句を言うヤツもいないだろ」

「……………………」


 慎重に弟の顔色をうかがう。

 いまの話――どこまで本気か。“サンクチュアリ”の空気感が知りたかったのだ。


 僕は、『魔王討伐』の一件に関していくつか、懐疑的な考察をしていた。


――これで終わるはずがない。


 正直、そう思っている。

 僕たちの世界は、神々(あるいは、それに類する存在)の玩具だ。


 僕ならきっと、好きな玩具を手放さない。

 ならば……今後また、僕たちには何らかの試練が与えられるだろう。


「………………兄貴」


 顔色の悪い弟が、心配そうに僕を観ている。


「やっぱりまだ――例の件、続けてるのか」

「無論だ」

「でも、あれ以来俺たち、……優希を失ってるんだぜ」

「その言葉には語弊があるな。別に優希は、死んだ訳じゃない」

「似たようなもんさ」

「ム」


 僕は、視線を落とす。

 自室の床は、メイドロボを失って以降、小さな埃が目立つようになっていた。


「だって……俺たちはもう、二度と優希に会えないかもしれない……っ」


 弟は、少し声を荒げた。

 頬に血色が宿り、じょじょに感情が昂ぶっていくのがわかる。

 もともと燻っていた火種が、ふいに爆発した。そんな感じだ。


「あんたは結局、()()()()()()()()んだぜ。甘い餌で釣ったあげく、自分のエゴを押しつけた」

「………………うむ」

「特に綴里は、一生あんたを恨んでる。……もう二度と、チームを組むことはないだろうな」

「…………うむ」

「なあ、兄貴。――あんたはなんで、そうなんだ? 賢い自分を鼻にかけて、俺たちのこと、ただのバカだと思ってるのか? だから俺たちに相談もしないで、色んなことを勝手に……一人で決めちまうのか?」

「…………そんなことはない」

「だったら、どうして……――どうして()()()、おれたちの説明してくれなかったんだよ」

「それは……」


 そうしてしばらく押し黙り……唇をへの字にして、こう応えた。


「僕には、お前たちの説得ができないと思ったからだ」

「説得って……」

「ああ。――だが、その必要もない仲間が、一人だけいた。僕の話を、無条件に受け入れてくれる仲間が……」

「……………………。それが……」

「そうだ。神園優希だった」

「だからあいつは、行っちまったわけか。おれたちに、なんの相談もせずに」

「…………そうだ」


 話しながら僕は、内心こう思っている。


――ようやく、弟とこの話が出来る。


 ずっと逃げ続けていたことと、向き合える。


「そもそも。――僕の考えた“世界の救い方”には……いくつかの問題がある……いや、()()()


 問題解決には、仲間の犠牲が必要だった。

 そうして……その役目は結局、神園優希が務めた。




 故にいま。

 神園優希は、ここにいない。




 本来それは、僕がやるべきだった、が。

 僕は、この家を出るわけにはいかない。家の外に一歩でも足を踏み出したが最後、頭が爆発して死ぬことになっているためだ。


「優希は結局、納得してくれた」

「そりゃまあ、そうだろう。あの娘は、あんたに惚れてたからな」

「…………」


 それに関しては、勘違いがあるようだが。


「あんたは、優希の想いを利用したんだ。それで、一番の厄介ごとを、彼女に押しつけた」


 だがまあ、そういう側面が、皆無だった訳ではない。

 僕は、この世界を救うために、ありとあらゆることをするつもりだった。


 そして、その最適解が――。


――()()()()()()()()()()


 という判断だった訳だ。


 だが、今になって思うと、その判断は正直、間違っていたかもしれない。

 僕の独断は結局、綴里と亮平の逆鱗に触れて、ネイムレス(チーム)の不和を招く結果となった。


 少しずつ時間をかけて、関係の修復を図ろうとはしているが……困ったことに僕は、その手の行為が得意ではない。


 人は往々にして、不条理な考え方をするものだ。

 論理的思考(ロジカルシンキング)は決して、万能の武器ではない。


「それで。――一つ、いいか」

「なんだ」

「あれから、優希と連絡は取れたのか」

「いや」


 この期に及んで、僕は嘘を吐く。

 実を言うと僕は、アリスからいくつか事情説明を受けている。


 だが、それについて語るのは、もう少しあとの方がいい。


「優希は、……無事、なんだよな?」

「わからん」


 下手な期待を持たせても、かえって不安を煽るだけだ。




 神園優希の冒険は――いずれ、語るべき時がくるだろう。





 そうして、気まずい雰囲気のまま、亮平の仕事を見守って。


「……ひとつ、いいか」


 別れ際、僕は亮平に声をかける。


「――なんだ」

「神園優希から……一つだけ、伝言がある」

「えっ」

「『俺は必ず、帰ってくる。だからその時、笑って出迎えてくれ』って」

「…………………………」

「僕たちの世界は。――それまでずっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。神園優希は恐らく、僕たちの知らない情報を、山ほど持ち帰ってきてくれる」

「……………………」

「その時、僕たちは、彼女にとっての帰る場所でなくちゃいけない」


 亮平はしばし、やるせない表情でうつむく。


「――勝手だよ。兄貴も。優希も」

「ああ。すまん」


 僕はただ、頭を下げることしかできない。


「次にくるときは、綴里も連れてきてくれ」

「んー。……無理だと思う」

「それでも、頼む」

「………………。わかったよ」



 そうして、弟を見送って。

 “魔女”アリスの来訪は、それから間もなくのことであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に毎回面白い。今回もドキドキわくわく。まさかの展開が続いて、本当に楽しい。東京編が一区切りついたところで新事実とまた面白そうなことが、、! 続きも楽しみにしてます!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ