表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

273/300

その271 不殺

 現れた人々は――見たとこ、いかにも「ホームレス」って感じの風貌でした。


「へへへ……こいつぁ、とんでもねぇ上玉だぜぇ?」


 なんて、べろべろべろべろ舌なめずりして。

 いかにもわかりやすい、やられ役ムーブ。

 でも、その様子はどこか薄っぺらで、「そういう役目」を演じさせられているかのようでした。


「あんたら――“縄張り”のルールも知らんのか。この辺りじゃ、『魔性乃家』の娼婦を見かけたら、道を譲るんが普通やで」


 スズネさんが、警告します。

 けれど彼らは、相変わらず焦点の合わない目を向けて、


「くくく……なあ、お嬢さん。俺たちとさぁ、スケベなことしようや」


 少し現実味に欠けるほど、知能指数の低い台詞を口にしました。


「なんやと――。おまえらそれ、マジで言うてんのか」

「ぐひひひひ」


 私、もうすでにうっすら、気づいています。

 これは――“楼主”さんの『出会いのイベント』の一貫だと。


 となるとこの人たち、自分の意志で話しているかどうかも怪しい。

 なんか、“獄卒”さんのことが重なって、憎む理由にはなりませんでした。


「――ちっ。しゃーない。ここは私が……」

「いえ。スズネさんは手を出さないでください」

「…………。経験値がほしいん?」

「いいえ。殺しはしません」

「でも……」


 スズネさんは、彼らの顔を見ます。

 今もなお、べろべろと舌なめずりを続ける、醜悪な男性の群れを。


「連中みたいなの、殺した方がよっぽどいいと思うけど」


 正直、気持ちはよく分かります。

 いまさら、不殺系の主人公を気取るつもりもありません。

 ただ、正気を失っている人を死なせてしまうのは、……ちょっと。

 そう思えたのでした。


「まあまあ。――ここは、人の善性を信じましょうよ」


 私、スズネさんの肩にぽんと手を置き、


「悪意の人を見かけたら、『何か事情があるのだろう』と思うくらいじゃなきゃ」

「……ごめんやけど、ぜんぜんそういう風には思えない。平時でも、弱者をいたぶる輩は山ほどいた。ああいう手合いは、さっさと死んだ方がいい」


 うーん、極論。

 彼女、わりと激しい性格なのね。


「けど……まあ。私らはしょせん、“奴隷”にすぎん。プレイヤー様の下位互換……。だから、あんたがそうしろというなら、従うしかない」

「では失礼ながら、そうさせていただきます。――“テラリウム”、スタートアップ」


 私は、手のひらに10センチ四方の、硝子容器を顕現。

 その中にいるゴーキちゃんに語りかけます。


「ねえ。彼らのこと、殺さずに無力化することはできないかしら?」

『………………』


 けれど、その返答はなし。


「――?」


 不思議に思っていると、中で彼女が、大きめの画用紙を掲げていました。

 その、小さな文字に目を凝らしたところ、


『諸事情により、いまは声を出せない』


 とのこと。

 私、ちょっぴりひそひそ声になって、


「しょじじょー? なんで?」


 黒のマジックペンで、きゅっきゅっきゅーっと。


『とにかくいま、あたしは戦えない。そうしたほうがいい。たぶん』

「………………。ふむ」


 よくわかんないけど、賢い彼女がそういうなら、従っておきましょう。


『連中の相手は、他のモンスターにやらせよう。――“ゴールデンドラゴン”を使え』


 ゴールデンドラゴンかぁ。

 金策用に作ったモンスターですけれど……戦えるのかな。


『弱いが、普通人相手なら十分だ』


 なるほどね。了解。


 と、言うわけで私は、お昼寝中のドラゴンを見つけて、それを指先で摘まみ、“テラリウム”の外にひっぱりだします。

 するとその子は、ぐぐぐぐぐーんと巨大化し……、


『きゅるるる?』


 極端にデフォルメされた、二頭身のドラゴンが現れました。

 その体長は、80センチほどでしょうか。エメラルドグリーンのつぶらな瞳が、太陽の下で宝石のように輝いて見えます。

 その全身は金色の鱗で覆われており――よく見ると、その一枚一枚が、金貨のような形状をしていました。


「よーし、ゴルちゃん。殺さない程度に、さくっとやっつけちゃってください」


 私がそう命ずると、ギャグ漫画のキャラクターを彷彿とさせるその生き物は、のそのそと前進……敵に向かって行きます。


「なんだと……刃向かうのか。馬鹿な女めっ!」

「なら、殺して辱めてやる」

「いくぞ、おまえら!」

「おう!」


 悪漢たちはみな、私がモンスターを生み出したことなど、まるで気にかけていないみたい。


 冷静に考えるとこの状況、ちょっと不自然。

 もう、この時点で彼らは、私たちが普通人でないことに気づいているはず。


 正気の普通人ならここは、逃げの一手。

 けれど彼らは、果敢にも私たちに立ち向かってきました。


 まるで、シナリオのご都合主義に導かれるように……。


『がうがう、がう!』


 ゴールデンドラゴンは、初陣にテンションが上がっています。


『がう……!』


 次の瞬間……彼の口から、大量の金貨が吐き出されました。

 ゴールデンドラゴンは、火を噴く代わりに、金貨を吐き出す生き物。


 その攻撃方法も、一風変わっているのです。


 ぷぺぺぺぺっ、とドラゴンが金貨を吐き出し……悪漢の頭部に、的確なヘッドショットを決めていきます。

 プレイヤーなら蚊が止まった程度のダメージにしかならないでしょうが、常人であれば十分、意識を刈り取ることができるでしょう。


――この子、思ったより便利かも。


 私の持っている力って、強すぎることが多いから……こういう、微妙な“手加減”ができる攻撃手段、少ないんですのよね。


「ないす、ごるちゃん」


 私、思わぬ収穫にガッツポーズしつつ。

 気の毒な悪漢の全滅を見守ったのち、ゴールデンドラゴンを“テラリウム”に戻しました。


「へー。やるやん?」


 ぱちぱちぱち。

 スズネさんも、軽く拍手をしてくれます。


「さて」


 さっそく彼らから、話を聞かなくちゃね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ