その271 不殺
現れた人々は――見たとこ、いかにも「ホームレス」って感じの風貌でした。
「へへへ……こいつぁ、とんでもねぇ上玉だぜぇ?」
なんて、べろべろべろべろ舌なめずりして。
いかにもわかりやすい、やられ役ムーブ。
でも、その様子はどこか薄っぺらで、「そういう役目」を演じさせられているかのようでした。
「あんたら――“縄張り”のルールも知らんのか。この辺りじゃ、『魔性乃家』の娼婦を見かけたら、道を譲るんが普通やで」
スズネさんが、警告します。
けれど彼らは、相変わらず焦点の合わない目を向けて、
「くくく……なあ、お嬢さん。俺たちとさぁ、スケベなことしようや」
少し現実味に欠けるほど、知能指数の低い台詞を口にしました。
「なんやと――。おまえらそれ、マジで言うてんのか」
「ぐひひひひ」
私、もうすでにうっすら、気づいています。
これは――“楼主”さんの『出会いのイベント』の一貫だと。
となるとこの人たち、自分の意志で話しているかどうかも怪しい。
なんか、“獄卒”さんのことが重なって、憎む理由にはなりませんでした。
「――ちっ。しゃーない。ここは私が……」
「いえ。スズネさんは手を出さないでください」
「…………。経験値がほしいん?」
「いいえ。殺しはしません」
「でも……」
スズネさんは、彼らの顔を見ます。
今もなお、べろべろと舌なめずりを続ける、醜悪な男性の群れを。
「連中みたいなの、殺した方がよっぽどいいと思うけど」
正直、気持ちはよく分かります。
いまさら、不殺系の主人公を気取るつもりもありません。
ただ、正気を失っている人を死なせてしまうのは、……ちょっと。
そう思えたのでした。
「まあまあ。――ここは、人の善性を信じましょうよ」
私、スズネさんの肩にぽんと手を置き、
「悪意の人を見かけたら、『何か事情があるのだろう』と思うくらいじゃなきゃ」
「……ごめんやけど、ぜんぜんそういう風には思えない。平時でも、弱者をいたぶる輩は山ほどいた。ああいう手合いは、さっさと死んだ方がいい」
うーん、極論。
彼女、わりと激しい性格なのね。
「けど……まあ。私らはしょせん、“奴隷”にすぎん。プレイヤー様の下位互換……。だから、あんたがそうしろというなら、従うしかない」
「では失礼ながら、そうさせていただきます。――“テラリウム”、スタートアップ」
私は、手のひらに10センチ四方の、硝子容器を顕現。
その中にいるゴーキちゃんに語りかけます。
「ねえ。彼らのこと、殺さずに無力化することはできないかしら?」
『………………』
けれど、その返答はなし。
「――?」
不思議に思っていると、中で彼女が、大きめの画用紙を掲げていました。
その、小さな文字に目を凝らしたところ、
『諸事情により、いまは声を出せない』
とのこと。
私、ちょっぴりひそひそ声になって、
「しょじじょー? なんで?」
黒のマジックペンで、きゅっきゅっきゅーっと。
『とにかくいま、あたしは戦えない。そうしたほうがいい。たぶん』
「………………。ふむ」
よくわかんないけど、賢い彼女がそういうなら、従っておきましょう。
『連中の相手は、他のモンスターにやらせよう。――“ゴールデンドラゴン”を使え』
ゴールデンドラゴンかぁ。
金策用に作ったモンスターですけれど……戦えるのかな。
『弱いが、普通人相手なら十分だ』
なるほどね。了解。
と、言うわけで私は、お昼寝中のドラゴンを見つけて、それを指先で摘まみ、“テラリウム”の外にひっぱりだします。
するとその子は、ぐぐぐぐぐーんと巨大化し……、
『きゅるるる?』
極端にデフォルメされた、二頭身のドラゴンが現れました。
その体長は、80センチほどでしょうか。エメラルドグリーンのつぶらな瞳が、太陽の下で宝石のように輝いて見えます。
その全身は金色の鱗で覆われており――よく見ると、その一枚一枚が、金貨のような形状をしていました。
「よーし、ゴルちゃん。殺さない程度に、さくっとやっつけちゃってください」
私がそう命ずると、ギャグ漫画のキャラクターを彷彿とさせるその生き物は、のそのそと前進……敵に向かって行きます。
「なんだと……刃向かうのか。馬鹿な女めっ!」
「なら、殺して辱めてやる」
「いくぞ、おまえら!」
「おう!」
悪漢たちはみな、私がモンスターを生み出したことなど、まるで気にかけていないみたい。
冷静に考えるとこの状況、ちょっと不自然。
もう、この時点で彼らは、私たちが普通人でないことに気づいているはず。
正気の普通人ならここは、逃げの一手。
けれど彼らは、果敢にも私たちに立ち向かってきました。
まるで、シナリオのご都合主義に導かれるように……。
『がうがう、がう!』
ゴールデンドラゴンは、初陣にテンションが上がっています。
『がう……!』
次の瞬間……彼の口から、大量の金貨が吐き出されました。
ゴールデンドラゴンは、火を噴く代わりに、金貨を吐き出す生き物。
その攻撃方法も、一風変わっているのです。
ぷぺぺぺぺっ、とドラゴンが金貨を吐き出し……悪漢の頭部に、的確なヘッドショットを決めていきます。
プレイヤーなら蚊が止まった程度のダメージにしかならないでしょうが、常人であれば十分、意識を刈り取ることができるでしょう。
――この子、思ったより便利かも。
私の持っている力って、強すぎることが多いから……こういう、微妙な“手加減”ができる攻撃手段、少ないんですのよね。
「ないす、ごるちゃん」
私、思わぬ収穫にガッツポーズしつつ。
気の毒な悪漢の全滅を見守ったのち、ゴールデンドラゴンを“テラリウム”に戻しました。
「へー。やるやん?」
ぱちぱちぱち。
スズネさんも、軽く拍手をしてくれます。
「さて」
さっそく彼らから、話を聞かなくちゃね。




