その269 嫌な予感
そして私は、“楼主”さんの縄張りを目指すことに。
場合によっては彼のことも、アリスに面倒を見てもらう必要があるでしょう。
「う~む。厄介な……」
ぼやきつつ、一人でアジトを出ます。
その途中、
『ぐ、あっ! があ! があがあがあ!』
と、アヒルのように鳴く、飼い“ゾンビ”(ダンディさん)の姿が。
今日の彼、テンション高めだなぁ。
「はいはい。こんど、適当な生肉を持ってきますからね~」
なんて、声をかけてやりつつ。
――ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと片付けちゃいましょ。
そんな風に思って……アジトのガラス戸を開きます。
すると、
「――――――ッ」
突如として右肩に、激痛が走りました。
ぐらりと視界が揺れて、
「きゃっ!」
不覚にも、可愛い声が出ます。
前向きにつんのめって、ころりとひっくり返るように顔を上げると――そこには、目出し帽を被った三人の男が立っていました。
その手には、金属バットやら角材やら。
血走った目が、こちらを睨め付けています。
「――えっ。だれ?」
そう問いかけますが、……答えはなし。
彼らは素早く、私に飛びかかりました。
――やばっ。
慌てて武器を構えますが……ずきんと腕に、痛みが。
まずいことに、初撃のダメージが思ったより強烈だったみたい。
肩に力が入らず、貴重な一秒を無駄にしてしまいました。
「殺すなよっ」
男の一人が、そう叫びます。
瞬間、私は理解しました。
――この人たち、計画的に私を倒そうと……。
私は、外出するとき必ず、“白昼夢の面”というアイテムを装備しています。
こちら、『死んでも、時間を巻き戻してもう一回やり直せる』お面。
こいつがあるお陰で私、普段は死を恐れずにいられるのですが……。
無敵に思えるこのアイテムには一点、弱点がありました。
死ぬことさえなければ、「時間を巻き戻す」効果が発動しない、という……。
嫌な予感。
敵は、私を死なない程度に無力化するつもりだ。
これはつまり、この“白昼夢の面”の攻略法を知っているってこと。
――でも、なぜ?
男たちは無言のまま、私の胴を打ち据えます。
「――ッ」
次の手を考える暇もなく、私はそれを両腕で受けました。
ぎし、と骨が軋む音がして、骨にヒビが入ったことを理解します。
「――、――! ――!」
続けざまに、数度。
めちゃくちゃに攻撃を受けて。
意外にも、痛みはそれほどではありませんでした。
脳内麻薬が、どばどば出ているからかも。
「――おい! もう……!」
男の一人が、何ごとか叫びます。
「――まだだッ! まだ!」
一瞬、男たちの間で意見が分かれて。
私はすかさず、こう叫びました。
「……テラリウム……――!」
スタートアップ、と。
次の瞬間、私の懐から緑色のアメーバが出現。
目の前の男に飛びかかります。
私の指示を待つまでもなく、御主人想いの“スライム”が飛び出したのです。
「……ぎゃっ」
そこから先は、一瞬のこと。
私を打ち据えていた男は、すぐさま“スライム”に覆われ、ぐちゃり。
半透明のどろどろの中で、赤黒い血液が弾け――肉と骨が踊りました。
気が遠くなるほどグロテスクな絵面。恐らく彼は、即死でしょう。
「――ゴーキちゃん!」
助けを求めて、もうひとりの仲間に声をかけます。
けれどその時には、残った二人の襲撃者は、さっと裏路地に姿を消していました。
慌てて二人を追いかけますが――恐らく、事前に打ち合わせしていたルートだったのでしょう。彼らの姿は、暗闇に消えて跡形もなくなっていました。
『どうした? ……すまん。うたた寝してて、気づかなかった』
ゴーキちゃん、まだ事情を呑み込めていないみたい。
「いえ。もう、済んだことです」
私は、渋い表情でそう応えて、ため息を一つ。
――誰かは知らないけど、敵にこの場所を知られてしまった。
こりゃあ、このアジトもそろそろ、引き払わなくちゃいけません。
厄介だな。面倒だな。……と、そう思いつつ。
『があ…………があっ……』
ゾンビ”が一匹、ガラス戸を叩いています。
私は、“やくそう”を傷口に当てながら、
「ダンディさん、警告してくれていたのね」
『ああ……おぉぉぉ……』
「ありがと。次もよろしくお願いします」
『がぁ』
丁寧に頭を下げると……なんだか彼、嬉しそう。
はぁ~~~~……と、大きなため息一つ。
まあ、自分の身の上を考えれば……。
決まった拠点をもつこと、それ自体が贅沢な話なのかもしれません。
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その後、傷の回復を待って――私は、“楼主”さんの縄張りへ到着します。
事前にアズサちゃんから連絡が行っていたらしく、ドスケベ衣装を身に纏った数人が、私を出迎えてくれました。
「――ども」
現れたのは、スズネさんという、少し暗めの表情をした女性です。
歳は……夢星最歩より、ちょっとだけ上?
私、乳房の10%ほどしか隠せていないその衣装をチラチラ見つつ、
「それで、“楼主”さんは?」
「こっち」
彼女の背に続きます。
「状況を、もう少しくわしく」
「……ぱっと見じゃ、普通に見えるんよ。けど、私らにはわかる。“楼主”様はいま、正気やない」
「ふむ」
「“楼主”様は、今朝からずっと、暴漢を探してる」
「暴漢……というと?」
「言葉の通りや。縄張りの中にいる、犯罪者の類」
「別にそれは、善いことのように思えますけど」
「いや――違う。“終末”直後ならともかく、今は情勢がかなり安定してる……。きょうび、あの方が自ら、悪党退治をやる意味なんてないんよ」
……ふむ。
と、そこで私は一点、思い当たる節がありました。
――これ……ひょっとして。
“出会いのイベント”ではないでしょうか。
かーなーり、大昔の記憶なので、ちょっぴり思い出すのに苦労しましたが……。
私と“楼主”さんはかつて、ゲーム的なイベントをスキップした状態で出会っています。
その時の“イベント”が、今更になって発動した……とか。
そういうことじゃないかな。
私、念のためメモに書き出しておいた、“出会いのイベント”をチェック。
その内容は、以下のようなものでした――。




