その25 作戦
顔を曇らせた三人娘が、ホームセンター”クロスロード”向かい側にあるテナントで腰を下ろしている。
そこはどうやら、もともとBarか何かだったところらしい。一週間分くらいなら食糧品の備蓄があり、柔らかいソファも人数分以上にあって、休むにはうってつけの空間であった。
『へえ……』
『う、わ……』
『結構、いるね』
彼女たちが覗き込んでいるのは、”クロスロード”前の駐車場にたむろする”ゾンビ”たちである。
”ゾンビ”発生後はホームセンターへ。……そんな「ゾンビ映画あるある」を連中が知っているわけもなかろうが、とにかくそこには、二十数匹ほどの”ゾンビ”がたむろしていた。
『で、どーする? 救世主さま』
早苗さんが、冗談めかした口調で亮平に尋ねる。
弟は、何故だか少しだけ僕の口調を真似て、こう応えた。
『無論、おれとカリバちゃんで向かう。あそこは物資の宝庫だ。見逃す手はない』
『そっかー……』
早苗さんが頷くと、かさねさんが震えた声で、
『ねえ……救世主さま』
こっちの「救世主」呼びはなんか、ガチっぽい。
『ん?』
『どうしても……行かなくちゃいけない、かな?』
『え』
『だって、危険だよ。どう見ても。死んじゃうよぉ』
言いながら、早くもその目元には涙。
『大丈夫ですよ。カリバちゃんがいれば』
それに、弟がさっさとホームセンターに向かいたいのには、もう一つ理由があるだろう。
この男、――持ってきた食糧、ぜんぶ女たちにくれてしまっていて、腹がぺこぺこなのだ。
『でもでも、万が一ってこともあるよ?』
『そう言われましても。じゃ、なんでおれ、ここに来たんだって話になりますし』
『だからもう、みんなでおうちに帰ろうよぉ』
『それは……』
女の涙に対する耐性0の弟は、すっかり困り顔を作って、
『いいや。やはり行かせてください。男には、やらねばならん時があるのです』
まあ、実際に戦うのは豪姫だがな。
『もしおれがくたばったら、……』
と、伝票にさらさらと我が家の住所を書き込み、
『ここに移動してください。そこに兄貴がいるから、きっと助けになる』
『ヤだヤだ! そんなこと言わないでよぉ……』
死亡フラグに近い発言に、かさねさんは今度こそ涙をぽろぽろとこぼした。
そんな彼女を、背中からぎゅっと抱きしめたのは、長身の美春さんだ。
『落ち着け、かさね。大丈夫だ。亮平くんは死なないさ。強い人だ』
『うう……っ』
僕はというと、豪姫に窓の外を覗かせ、作戦を練っている。
――なんなら、適当に”ゾンビ”一匹、操作下に置いて、殺し合わせるか?
だが、どうも気が進まない。この辺の”ゾンビ”は損傷の酷い個体が多く、”スキル”の力で操作下においたとしてもたぶん、使い捨てになってしまう。少なくとも今は、無闇に力を消耗すべき時ではない。
思案の末、僕はその作戦はあくまで、最終手段ということにした。
いずれにせよ、十数体くらいの”ゾンビ”相手なら、問題なく対処できるだろう。大事なのは、大群になった”ゾンビ”と戦わないようにすること。それだけだ。
『じゃあ、行ってくるよ。みんな』
僕が考え込んでいる間に、話はまとまったらしい。
亮平は、出征する兵士がするような敬礼じみたポーズをとって、不安そうな三人に背を向けた。
そして当然の権利が如く、自分より一回り小さい女の子、――狩場豪姫の背中につく。
『頼むぜ、兄……カリバちゃん』
僕はそれを確認して、さっとBarの入り口を開いた。
”ゾンビ”の姿は……当然、ない。事前にMAP機能を使って、周辺に潜んでいる”ゾンビ”についてばっちり調べておいたためだ。
――奇襲を避けられるのは、この能力の大きな利点だな。
いまの僕にとって”ゾンビ”の存在は、まな板の上の鯉である。あとは手順を間違いないよう、捌いていくだけの存在だ。
考えてみれば僕は、かなり恵まれている方だと思えた。
恐らくだが、通常の”プレイヤー”たちは皆、この《死人操作》による索敵がない状態でこの”終末”の世の中を彷徨っているはずだから。
”プレイヤー”と呼ばれる人々が、この街に何人居るかは知らない。
だが、多勢に無勢である以上、ふいの事故死は免れないだろう。
――僕以外の”プレイヤー”か。恐らく、そのうち会うこともあるだろうな。
できれば、協調できるような人格の何者かであってほしい。
唐突にこんなことを思ったのには、一つ理由がある。
ホームセンター”クロスロード”を取り囲む”ゾンビ”のうち、――数匹に、なんだか、円形に焼け焦げた痕が見られたのだ。
その正体が何かはわからない。
だが、どうにも……僕にはそれが、人為的なものの気がしている。
まるで、球状の火の球を叩き付けられた、ような、――。
二人きりになって、ビルの階段を降りながら、僕はチャット機能を起動した。
『りょうへい』
『ん?』
『いちど、クロスロードに、はいったら、しばらく、ストップ』
『ストップ? すぐ、物資を集めなくていいのか?』
『うん。……ねんのため、ごうきで、てんないを、みる』
『索敵するってことか? でも、兄貴には”ゾンビ”の場所がわかるんだろ』
『うん。でも、……それいがいのなにかが、いるかも、しれない』
『それ以外の何か……?』
弟は少し首を傾げて、こちらを覗き込む。
『まあ、いいや。わかった。信用するぜ』