その265 好きな人
モニターの視点を“東京駅”に残しておいたゾンビ(最初に使役下においた、男の個体)に切り替えると、そこではすでに“サンクチュアリ”の不死隊が到着していた。恐らく、工藤さんが通報してくれたのだろう。
僕は、手近な事務棚から適当な紙とペンを引っ張り出し、『私はゾンビ使いです』と書き込んだのち、それを見やすい位置に掲げながら、彼らの元へ向かった。
みんなの顔色が、『警戒』⇒『なんだお前か』と切り替わっていくのを感じながら、僕はゾンビを操作し――状況を確認する。
どうやらいま、ナナミさんと“獄卒”が、周囲を包囲されるような格好で事情聴取を受けているようだ。
二人は大人しく、一から事情を話している。
恐らくは、“ゾンビ狩り”後では最大規模となる大量殺人だ。
ここでの出来事は、永遠に語り継がれるだろう。
――いずれにせよこれで、都内の勢力図が変わる。
僕は、ほっと一息吐き……そして、駅をくまなく見回した。
構内の“ゾンビ”はすでに、一掃されている。
その死体も恐らく、燃やされているだろう。
『………………』
僕は、ここで見かけた――水谷瑠依という少女の蘇生を、“不死隊”に頼むつもりだった。
一応その旨、ナナミさんにも伝えてはいるが、彼女はいま、ワガママを言える立場ではない。僕が直接、話しておかなければ。
『………………ねえ』
そんな僕に、話しかける声。
浅黒い肌に、アスリート体型の少女。“不死隊”の多田理津子さんだ。
彼女とは以前、共に戦ったこともある。
『きいたよ。あんた、仮面の女と会ったんだって?』
『ああ』
彼女は、日焼けした顔を不快そうにしかめていた。
『………………なんで』
『?』
『なんで私に、連絡してくれなかったの。………………あんたなら、それができたはずでしょう』
その声は低く、怒りを押し殺していることがわかる。
無理もない。
『あいつは、銀さんの仇なんだよ。――倒さなくちゃ』
彼女はここのところ、ずっと最歩を追っているらしい。
その目的は恐らく……仇討ち。
彼女が不器用なのは、それを隠そうともしていないこと。
だからだろう。“プレイヤー”の争いに関わりたがらない人々から、情報がほとんど流れてこないのは。
人捜しをするならば、無害な友人の振りをするくらいの演技はできてしかるべきだ。
『……あんたにとっても、銀さんは仲間だったはずだ。それなのに、のうのうと……』
「………………」
モニターの中の彼女は、こちらを真っ直ぐに見ている。
僕はちょっぴり視線を逸らして……少し、苦い顔をしていた。
彼女の言いたいことは、良くわかる。
僕自身、それについてはずっと、奇妙には思っていた。
少し、前。
《あそびの世界》の中で、“北風”が僕にこんなことを言った。
――このままだと、君の大事な人は死んでしまうぞ。それでいいのかい。
――好きなんだろ? 彼女のことが。
今になって思うとこれは、少し奇妙なセリフだ。
僕はあの場にいる、誰のことも「好き」だと思っていない。
いや――広義の意味で豪姫のことは「大切」だし「好き」だが、たぶん“北風”が言っていたのは、異性としての「好き」で。
恐らくは……夢星最歩のことを指していた。
そんなはずはない。
僕が最歩に、惚れる理由がない。
だがもし……それが、彼女を見逃した理由なら。
――それこそ何かの、“バグ”のように思える。
僕は、少しだけ考えてから……こう応えた。
自分の行動に、言い訳するような気持ちで。
『やつにかんして、ひとつ、ギワクがある』
『………………。疑惑って?』
そうだ。
もしその疑惑が事実なら。
それはもう、僕一人の手では追えない事態となるから。
だから僕は、最歩を見逃した。
『ヤツは――ボクたちがおっている“テキ”であるカノウセイがあるんだ』
『……………………どういうこと?』
僕はしばらく、キー入力の手を止めて……この情報を共有すべきか、迷う。
下手をすると、妙な先入観を与えてしまう可能性があったから。
だが結局、僕はこう言った。
『ユメホシサイホは……“マオウ”かもしれない』
確証はない。
いくつかの事情を総合した上での疑惑だ。
だが、僕の想像通りなら、“魔王”を殺せるのは“勇者”のジョブを持つものか……あるいは何かの、特殊なスキル持ちだけであるはず。
下手に敵対するより、味方のふりをしておくべきだ。
『……………………………………はぁ?』
すると理津子さんは、呆れたように眉を段違いにした。
僕が、その根拠についてキー入力を続けたところ、
『…………違う。あんた、間違ってる』
理津子さんが、鋭い目つきのまま、首を横に振る。
『“魔王”の正体はね。……もう、わかってるの』
「えっ」
PC前で声を上げ、キー入力が止まった。
そして、いったん入力途中の文章を削除して、
『――そうなのか?』
『ええ。だから少なくとも、仮面の女は“魔王”じゃない。…………ただの、とんでもなく強いだけの“プレイヤー”』
『………………』
そうだったのか。
僕はしばらく、考え込んで。
『ちなみに、ホンモノの“マオウ”はいま、どこに?』
『それは――』
理津子さんは、少し迷ったのち、
『たぶん、だけど。もう少ししたら、話す意味もなくなる』
『――?』
その意味をはかりかね、首を傾げる。
と、その時だった。
『誰かッ』
突如として、東京駅内が騒がしくなる。
見ると、若い青年が一人。恐らく、“不死隊”の一人だろう。
『こっちに生存者がいるぞ。だれか手を貸してくれ……!』




