その264 最推し
そうして。
灰里さんとは、いったんお別れに。
彼、まだ東京駅で確認したいことがあるみたい。
『それじゃ、また』
灰里さん(正確には、彼の使役するゾンビ)はそう、そっけなく言って、廃墟の道を戻っていきます。
私、その後ろ姿を見えなくなるまで見守って。
「きっとまた、会えますわよね」
そう、呟きました。
もちろんこれで、縁が途切れた訳ではありません。
いま、アリスと会う予定を取り付けたばかり。
近々また、会う日が来るでしょう。
――それにしても。まあ……。
今日はなんとも、情報量の多い日、でした。
んで、まー。
何が厄介ってまだ、それが終わってないっぽいところ。
今日一日で得た情報だけで、疑問点が山積みになっています。
まず私は、ゴーキちゃんと話し合わなければなりません。
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とりあえず、“テラリウム”をスタートアップ。
ガラスの容れ物の中、ちっちゃくあぐらをかいている彼女を見つめて、
「ねえ、ゴーキちゃん」
『ん。なんだ』
「『なんだ』はないでしょ。『なんだ』は。――福永さんのこと、なんで教えてくれなかったんですか?」
唇を尖らせながら、そう訊ねます。
怒っているわけではありません。
怒っているわけではありませんが……“アクマの囁き”の精度に問題があるのなら、今後の身の振り方を考えなくちゃいけません。
『………………』
するとゴーキちゃんは、視線を逸らしました。
私、近場のベンチに腰を据え、じっと彼女を見つめます。
返答、なし。
やがて私は、これだけは言いたくなかった言葉を、口にしました。
「私はいつでも、貴女というキャラクターを削除することができるんですよ。そのことをゆめゆめ、お忘れなきように」
もちろん、そういうことはしたくありませんけど。
『………………』
「――ゴーキ、さん?」
人間よりも遙かに高い知能を持つはずの彼女は、たっぷりと長考したのち、こう応えました。
『あんたの……話の、節々から。――わかっちまってたからな』
「……?」
私が首を傾げていると、
『あんたが時々話す、『J,K,Project』の最推し――“ミスターX”ってさ。灰里のことだろ』
……と。
決定的な一言を、口にします。
『あんたはずっと、“ゾンビ使い”の本名を知らなかった。けどさっき、やつの正体に気づいた。――気づいちまったんだな』
「…………ふむ」
仰るとおり私、ついさっき気づいたばかり。
私の追っていた“推しキャラ”。――その正体について。
そして同時に、こう思います。
彼女はいま、自ら不利になる言葉を口にしました。
つまり、これからの話はきっと、友情に基づいた言葉。――本音に違いない、と。
「ちなみにあなたは、いつそれに気づきましたの?」
『実を言うと、ほとんど最初からだ。たぶん、あたしの魂がここに引かれたのも――アイツとの縁が関係してるんだと思う』
まじか。
「となると――貴女はずっと、私に隠しごとをしていたことになりますが」
『……………………』
そこでゴーキちゃん、ふたたびだんまり。
『まあな。しょーじきいうとあたし、オメーを灰里に会わせたくなかった。まだその時じゃないって、そう思って』
やっぱり。
「じゃあ、いつが“その時”なんです?」
『オメーがもっと、強くなってからだ』
「えっ。どういうこと?」
私もう、十分強いと思うんですけど。
『いくらオメー個人が強くても、意味がないんだ。――オメーはほら、敵を作りやすい性格だからさ。もしもの時に盾になる、仲間が必要なのさ』
…………。
そりゃ、気持ちは分かりますけれど。
面倒臭いから私、嫌がってたヤツですわよね、それ。
『だとしても現状、戦力になる仲間が少なすぎる。いまぶっちゃけ、戦える手札、あたしだけだろ』
まあ、それはそう。
いま“テラリウム”内にいる仲間って、金策用のゴールデンドラゴンとペット代わりのスライムだけですし。
『今後、あいつと渡り合いたいなら……同じ“格”にならなきゃ。それでようやく、対等に話し合える。――だろ?』
………………。
まあ、気持ちはわからなくもないですが、果たしてそうかしら。
ヤクザが杯を交わす訳じゃないんだから、“格”に気を遣う必要なんて、ないと思うんですけれど。
私、しばらく“テラリウム”の中の少女を、じーっと見つめて。
『な、……なんだよ。その顔は』
「ひとつ、聞いてもよろしくて?」
『……………………』
そして、思い切ってこう尋ねてみたり。
「好きなの? 彼のこと」
『――は?』
いぜん彼女、「ネットストリーマーをしていた」とか言ってましたよね。
それってひょっとして、灰里さんに影響を受けたから……とかでは。
それに。
灰里さんが使った新スキルで垣間見たゴーキちゃんの過去。
最期に、彼のことを考えてた。
『ば……っ。馬鹿なこと、いうなよ』
「ちなみに私、同担拒否勢ではないので。それで嫌ったりしませんけど」
『いやだから、そんなことねーって』
ゴーキちゃん、顔を真っ赤にして怒ります。
その表情から私は――『図星』の二文字を読み取りました。
賢い彼女が、ミスをした。
そこにはきっと、感情的な何かが関わっているはず。
「まあ、なんにせよ。――これで一つ、次の目的が決まりましたわね」
『………………』
「アリスとの出会いをきっかけにして、彼に接近するの」
『………………』
「賢い貴女なら、もう気づいているんでしょう? だからいま、何もかも白状したんです」
『………………』
「状況は、以前から変わってしまった。彼が『JKP』のキャラクターならば。――彼もまた、“獄卒”さんと同じ“バグ”が発生するかもしれない。……いいえ。あるいは……」
私、顔をうつむかせて。
「彼自身が、バグの発生源かもしれないって」
『………………………………』
私がそう言うと、ゴーキちゃんは囁くように、こう応えました。
『そう、だな…………』
つまり、こーいうこと。
先光灰里を救えるのは、私たちだけ。
私が、彼の“救世主”になるのです。
うふふふふ。




