その263 プレイヤーの求めるもの
PC前。“E”キーを入力し、ミントを前進させる。
扉を蹴破ると、店内奥側にいる三人――いや、二人と一匹が視野に入った。
二人の老人と、一匹のゾンビ。
老人の方は、見覚えがある。店の女将だ。厨房服を着ているもうひとりは、彼女の旦那さんだろうか。二人は、苦悶に顔を歪ませて、身を寄せ合っている。
手足は荒縄できつく縛られており、その肩にはくっきりと噛み跡がついていた。――恐らく、ゾンビにやられたのだろう。
『なんてこと……!』
最歩がまず、刀に手をかけた。
“ゾンビ”を始末する。……生きている人間なら、当然の反応だ。
僕は素早く、
『モンダイない。そいつはさっき、ミカタにした』
と、キーボード入力。
店に入るとき、事前にゾンビの気配を察知していたのだ。
店内、奥。調理場になっているところに、ゾンビの気配があり――にもかかわらず福永は、平気で客に応対していた。
もろもろ総合して僕は、彼の始末を決断したのである。
老夫婦の拘束を解くと、
『殺して! 私たちを殺して! 早くゥ』
可哀想な老女が、半狂乱になって叫んだ。
『“奴ら”になりたくない! おねがいします……っ、こ、こ、こ、殺してェ……』
『おちついて、ください』
“ゾンビ”に変異するまでは、個人差がある。
まだ、助かる見込みはあるはず。
『ご安心を。……うふふ。ついてましたね、貴女たち』
すると最歩は、懐から栄養ドリンクのようなものを取り出した。
『いま、“どくけし”を差し上げますわ』
『えっ』
『ご存じかも知れませんが――ゾンビ毒を取り除くアイテムです』
『でもそれ、かなり、高価なものでは』
『お気になさらず。私にしてみりゃ、タダみたいなものですから』
それは、子猫を撫でるような声色だ。
最歩のやつ、こういう話し方もできたんだな。
夫婦が“どくけし”を飲み干すころには、表の方が騒がしくなっている。
どうやら、客がやってきて――福永の死体を発見したらしい。
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その後は、特筆すべきことは何も起こらず。
騒ぎにはなったが、すぐにその場は解散となった。
――関わりたくない。
というのが、その場にいる普通人、全員の見解だったように思う。
老夫婦には、
『本当に……ありがとうございました。“プレイヤー”様』
と、頭を下げられたが、それだけだ。
その表情には、“プレイヤー”という存在に対する不信感がありありと読み取れる。
無理もない。ただでさえ二人は、信頼していた従業員に裏切られたばかりなのだ。
“プレイヤー”は、何を考えているか分からない。
奴らは、気まぐれに人を殺す。
――なるべく、関わり合いになるべきではない。
そんな風に、感じているのかも知れない。
福永の動機は、当初予測されていた、もっとも単純なもの。――“レベル上げ”だろう。
『でも、どうしてそう言い切れるんです?』
不思議そうな最歩に、僕はこう応えた。
たぶん福永は、いろいろな“実験”をしていた。
どこまで殺人に加担すればレベルが上がるか……どこまで手を汚せば、自分の“実績”となるか。
恐らく、老夫婦にしていた行為は、そうした“実験”の一貫だろう。
ヤツは、人間とゾンビを同じ部屋に閉じ込めた。
その結果として、経験値が発生するかどうかを知りたかったのだ。
ヤツの考えは、読めている。
定食屋としての実績を積み――信頼を得て。
そして、「ここぞ」というタイミングで、ゾンビ毒を混入した食事を、客に食わせ、大量の経験値獲得を狙う。
準危険区域での定食屋なら、そうしたリスクは当たり前のこと。
昔のように、警察の科学捜査が入る訳でもないし、足が着く可能性は低い。
何もかも全て、新人“プレイヤー”が考えがちな思考パターンだ。
だから僕たちは、口にするものに細心の注意を払わなければならない。
『ぜんぶぜんぶ、レベル上げのため……ってことですか』
『ああ』
『そこまでして、上げたいものなんですの? ……その、レベルって』
『……ああ』
PC前で一人、頷く。
レベル上げには、中毒性がある。これに狂う“プレイヤー”は多い。
上げれば上げるほど、人生がより良く前進していくと……そういう風に思えるから。
ヤツは、短期間にレベルが上がりすぎていた。――しかもその手段は、「ゾンビ狩り」を行っただけだと言う。
ゾンビ狩りは、経験値稼ぎとしてあまり効率的ではない。
いち“プレイヤー”の感覚として、それだけでレベルが上がったとは思えなかった。
――それと、もう一点。
やつは、三週間も前のスケジュールを即答してみせた。
こういうのは、『すぐにはわからない』というのが普通だ。
恐らく、そのうち追っ手がやってくるのを見越して、事前に答えを用意していたのだろう。
『………………ほえー』
最歩は、呆けたような顔つきで、こちらを見ている。
そこで僕は、嘆息気味に、こう応えた。
『“アクマのササヤキ”がなくとも――ウソをみぬくヒントはある、ということだ』
半分、最歩に。
もう半分を、豪姫に聞かせるつもりで。
『………………ほぇえええええー。さすがだぁ……』
最歩はしばし、阿呆のように唸って、感心している。
……。
やっぱりこいつ、今朝からずいぶんと雰囲気が変わった気がするが。
どういう意図だろう。




