その261 最歩の力
夢星最歩が語った“能力”を……一言で説明すると、
――ゲームのキャラクターに「なりきる」力。
というものだ。
その対象は、『J,K,Project』なる女性向けのソーシャルゲームの、主人公キャラクターらしい。
乙女ゲーは守備範囲外であるため、元ネタはわからないが……彼女の扱う能力は、以下のようなものだ。
①“テラリウム”によりモンスターの育成が可能。
②モンスター育成の過程で“ゲーム内通貨”が手に入る。
③“ゲーム内通貨”を使うことにより、実績報酬を購入できる。
「…………………………」
少し、考え込む。
得々としてそう語る最歩――その言葉の、全てが事実とは思わない。一から十まで、自分の能力を全て説明するような“プレイヤー”はいないためだ。
だが……それにしても、この能力……。
――すこし、強すぎないか?
そう思う。
特筆すべきポイントはこの、『実績報酬を購入できる』という点。
うすうす勘づいてはいたが、もう少し何か、制限があると思っていた。
この時点で僕は、とある事実を確信している。
――“楼主”の羽振りが良かったのは、最歩の力を借りていたためか。
“中央府”の金持ち連中を相手取った“どくけし”ビジネスは、最歩の力を借りていた……と。そういうことらしい。
『ジャクテン、は?』
『え?』
せっかくの機会だ。
もう少し、突っ込んだ質問をしておこう。
『おまえのチカラ、つよすぎる。なにか、ジャクテンがあるのでは?』
『あー、なるほど』
答えを期待していた訳ではないが、意外にも最歩は、あっさりと応えた。
『強いて言うなら……みなさんの覚えられる“スキル”が覚えられないことかしら』
スキルが、覚えられない。
……ふむ。
『あ、それと――“レベル”の概念もありません』
実を言うとそれは、気づいていた。
彼女の言動にいくつか、引っかかる点があったためだ。
『ってことはあんた、基礎体力は人並みってこと?』
『ええ』
ほんとか? それ、結構大きな弱点だと思うんだが。
よく話してくれたな。……何かの罠か?
『それで。アリスとはつぎ、いつ会えますの?』
『わからん。あいつがヒマになったときだ』
『……あなたは、アリスとかなり、仲がよろしいのですか?』
『うん』
『ふーん、そう』
実際、僕とアリスは、ここのところかなり良好な関係だ。
月に一度は家に来て、持ち寄ったゲームで遊ぶ仲である。
『……わかりました。では、次に“魔女”と会うとき、忘れずご連絡ください』
そうして僕たちは、東京駅に残された備品――無線機を共有し、しばらくこの近辺を離れないことを約束し合う。
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『それじゃ……――今日はもう、解散します?』
そう訊ねる最歩に、僕は呆れて、こう言った。
『おまえ、わすれたのか?』
『?』
『ぼくたちの、モクテキは……なんだ?』
『そりゃーもう。この、東京駅で起こった事態の収集を……』
『ちがうだろ』
『???』
最歩は、本気で心当たりがないらしい。
『ぼくたちの、イライは。――ショウフころしの、ハンニンを、さがすことだろ』
『…………あ』
最歩はそこで、ぽんと手を打つ。
『なんか、とんでもないことが起こりすぎてて。……すっかり忘れてました』
『おまえなあ』
『でも、これだけの規模の大量殺戮の後で、――ただの殺人事件とは。なんか、スケールダウンしてませんこと?』
スケールダウンて。
『……だとしても。ほうっておくリユウにはならない』
『それは、そう』
最歩は、機嫌良く頷く。
『それじゃー、一応聞いておきましょっか。――ねえ、獄卒さんとナナミさん』
振り向いた二人は、ちらりとこちらを見て、最歩と目を合わせた。
『二人は、この辺りで起こった娼婦殺しに関して、なにか心当たりはありませんか?』
すると二人は、そろって首を横に振る。
『知っての通り私は、ここのところ正気じゃなかった』
と、“獄卒”。
『何にも知らない。……娼婦殺しって、“楼主”絡みのやつでしょ。カンケーないし、興味もないよ』
と、ナナミさん。
公平に言ってどちらも、アリバイとしては完璧ではない。
もう少し、話を聞きたいところだが――。
しかし最歩は、
『おーけい。無罪。信じます』
と、気軽に応えた。
そして、ふふんと自慢げに、こういう。
『何を隠そう――私には、“嘘を見抜く力”がありますもので』
『……なに?』
『えへへ。すごいでしょ』
なんだか、妙に可愛げのあるしゃべり方で、最歩は親指を立てた。
『正確には、ゴーキちゃんの力ですけど。彼女、“アクマの囁き”っていうスキルがあって……裏切り者が現れたら、教えてくれる手筈になっていますの』
「――?」
それ、本当か?
だとすると……なんだか、辻褄が――。
『ちょうどさっき、その力でナナミさんの“嘘”を見抜いたりしたんですのよ』
だが、えへんと胸を張る最歩からは、悪意は感じられない。
単純に、『私すごいでしょ』という気持ちが伝わってくるだけだ。
――これは……。
眉をひそめて、考え込む。
豪姫はたぶん、“アクマの囁き”で得られた情報を、常に共有している訳ではない。
彼女は、自分の立場を利用して、何か企んでいる……最歩を、何かに誘導しようとしている?
「………………」
僕は、しばし視線を落として、考え込む。
――やはりどうにかして、豪姫と話さなければ。
彼女は、いいやつだ。……少なくとも、僕の知っている彼女は。
だからきっと、話せばわかりあえるはず。
『――ねえ』
………………。
『……あのー?』
………………。
『ゾンビ使い……。灰里さん?』
と、そこで最歩が、こちらを覗き見ていることに気づいた。
『なんだ?』
そして彼女は、ちょっぴりはにかんで、
『私、結構役に立ちます。でしょ?』
とのこと。
僕は、しばし悩み混んだのち、“A”キーを二度入力し、
『ああ』
それだけ応えた。
『そう。それは良かった』
最歩が、魅力的に微笑んでいる。
『では、初心にもどって。――捜査を再開しましょうか』
それと、もう一点。
ひどく、不思議な点があった。
――なんか知らんけど、こいつ……。
さっきから急に、聞いてもないことをべらべらしゃべるようになっている。
それが、酷く不気味だ。




