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その260 目論見どおり

 目を覚ました“獄卒”さんはしばし、暗い顔色で私たちを眺めた後、


「なにから……話せば……いいか……」


 ぽつぽつと語り始めました。


「ずっと……心も、身体も……ぼんやりとしていて……他人ごとみたいに、感じていたんだ。自分でも……自分の行動を、止められなくて……」

「おかしくなってた時の、記憶はあるんですか?」

「ある」


 “獄卒”さんは、頭を抱えて、


「夢の中のできごとみたいに、はっきりとはしていないが」


 《飢餓耐性》とってて良かったですねぇ。

 その感じだと、餓死していた可能性もある。


「変な感覚だった。……夢の中だと、妙なことに確信を持っていたりするだろ……? 『ここで俺は死ぬんだ』とか『あそこにいかなければならない』とか……。その時の感覚に似ている」

「それで。――あなたには私が、どういう風に観えていたのです?」

「………………」


 彼は、怒り眉を揉みながら、しばし言い淀みます。

 けれど結局、覚悟を決めて……こう言いました。


「『好きだ』という感情。……それだけが、在った」

「…………。それは、あなたの本心ですか?」

「わからん。――私は、強い者が好きだ。……貴様は、強い。だから、好意は持っている。だが……」


 くっきりと、眉間に皺がよります。


「さっきまでの“俺”は、こう考えていた。この世界には、“おまえ”しかいない。“おまえ”と結ばれない世界など、なんの価値もない……」


 ああー。なるほど。

 そういう感じかー。


 ソシャゲの主人公って、無根拠に好かれるとこ、あるから……。

 たぶん『JKP(ゲーム)』の影響で、思考と感情にズレが発生しているみたい。

 それが、今回起こった“イベント”のバグ要因かしら。


 うーむ……。


「……それで。また、同じようなことが起こる可能性は?」


 ナナミさんは、ソファの上にあぐらをかきながら、訊ねます。

 ちなみに彼女、たぶん状況の半分くらいしか理解できてない。


「わからん。正直に言うともう、自我に自信をもてなくなってる」


 落ち込む“獄卒”さんは、ひどく苦しそう。


「それだと、ちょっと困るよね。……ぶっちゃけ、あんたのせいで、ここのグループが全滅したようなもんなんでしょ」

「ちょっとナナミさん。言い方」

「どういう理由があるにせよ、死んだ奴らの慰めにはならない。――月原はこれから、一生それを背負って生きるしかないんだよ」


 すると“獄卒”さんは、「うぅ」と、少年のように幼い声を上げて、


「わ、わかってる。……私はせめて、一人でも多く蘇生できるよう、尽力するつもりだ」

「そうだね。あとなるべく、夢星最歩と離れるべきだ。また、同じことにならないようにね」

「……ああ」


 ちらりと、“獄卒”さんがこちらを観ます。


「貴様も、……それで、いいか?」

「ええ」


 そう応えると彼、明らかに落胆した様子。


――まあ、仕方ないか。


 一時は、“獄卒”さんを仲間に加える案もありました。

 というのも、


『レベル150以上になったプレイヤーが、”従属”コマンドを行う』


 この条件を満たすこと獲得できる実績報酬――”超進化促進機チャイルドフッド・エンド”の獲得に役立つと思ったから。


 私の魅力で彼をメロメロにできれば、そうした勝ち筋もアリかな、と。

 けれど今回の一件で、身にしみてわかりました。

 “敵キャラ”である彼は、立ち位置的にも味方にはしづらい。


 誰かを仲間にするにしても、別の選択肢を考えた方がいいでしょう。



 それから、少し間を置き。

 “ゾンビ使い”さんが、こう訊ねます。


『ゴクソツ。――おまえたちにひとつ、きいておきたい』

「?」


 厳しい顔が、女“ゾンビ”を睨め付けました。


「なんだ」

『もし、“バグ”がこわいなら。ぼくには、それをなおす、ツテがある』


 すると“獄卒”さん、


「それ、本当か」


 藁に掴むような顔つきで、ぱっと立ちあがります。


『ああ。――じつをいうと、ぼくのいえ、ときどき、アリスがくるんだ』

「アリス……魔女アリスか?」

『そうだ』

「アリスが、私のような一般プレイヤーの面倒をみる、と?』

『そうだ』

「信じられん。アリスは“落胤”となった者の面倒見はいいが、その他のプレイヤーとは、あまり関わりたがらないと聞いた」

『だが、“バグ”がかかわっているとなると、ベツだ。カノジョはこの“ゲーム”を、コウヘイにあそんでほしいとオモってる。コウショウのヨチは、あるはず』


 ほうほう。

 “ゾンビ使い”さんったら、そんなコネが。さすがだぁ……。


『いぜんも、“バグ”をおこした“キジン”をころすとき、トクベツにチカラを、かしてくれたことがある』

「そ、そうか……」


 “獄卒”さんの目に、希望の光が宿ります。


「だったら是非、たのむ。今後、何をするにしろ、まずアリスの処置を受けたい」

『わかった。――つぎにカノジョがきたとき、ハナシをとおしておく』


 そこで私、「いまだ」と思います。


「あ。それじゃ、私もアリスに会いたい。私にだって、今回起こったことの責任がありますし。それにその、“バグ”の除去に、一役買うことができるかもしれません」

『……。それは、そうだな……』


 ということで――目論見通りの展開に。


『ただ……その、まえに』

「――?」

『もうすこし、グタイテキに……おしえて、もらえないか。きみの、ショウタイ……というか。きみの、スキルについて――』


 はいはい、了解。

 それも、想定通りの流れですよ、っと。


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