その258 一人芝居
警官の制服を着た男性。
“獄卒”さんはいま、周囲の状況をまったく無視するような格好で、
「普段我々は、ここで暮らしている」
「………………」
「――ほとんどプライバシーのない空間だが、住めば都さ」
「………………」
ただ、延々と話し続けていました。
そしてふと、ぼんやりと虚空を見つめたのち、
「――おいおい、お前ら、余計なこと言ってるんじゃないっ! べ、べつにコイツは、私の女ってわけじゃ……」
そう、苦笑気味に話します。
その様子はどこか、役者さんの一人芝居にも似ていて……。
「――ったく。困った奴らだな」
その狂態は、背筋を凍らせるものがありました。
「……悪かったな、お前。気にしないでくれ」
「あ、いえ……」
「下品だが、付き合ってみると案外、根っからの外道という訳じゃないんだ」
「はあ」
「俺はもともと警官だったが、あっちの方がよっぽど、闇を抱えている連中が多かった気がする」
「…………」
「思うに、腐った連中とばかり接していると、そうなっちまうんじゃないかな。……その点、“ランダム・エフェクト”の仕事はやり甲斐がある。なにせみんな、俺たちの仕事で喜んでくれるからな」
すべて。
すべて、二度目に聞く台詞。
――いや、三度目か。
いま、彼が話しているのは、『J,K,Project』で発生する、ゲーム内イベントの台詞でした。
どうも彼の心は、そのイベント内で語られる台詞を話すことに集中しているみたい。
「どうする? このままじゃ、埒があかないよ」
と、ナナミさん。
「とにかく、最後まで聞き続けましょう」
「――。やっぱりあんた、何か心あたりがあるの」
「はい」
「こいつと、“堕天使”と“偽勇者”。この三人は、あんたと出会ってから急に様子がおかしくなった。んで、この“ゾンビ”騒ぎが起こった」
彼女の口調はどこか、私をなじるようで。
ええ、ええ。
そうでしょう。
たぶん、きっかけは私。
心当たりは、ぜんぜんありませんけど。きっとそうです。
「……………………」
私は、苦い表情でうつむきます。
『なあ、サイホ。……そろそろ、ジジョウをセツメイしてくれないか」
と、灰里さん。
私は一瞬、ゴーキちゃんに目配せ。
いっそもう、逃げちゃおうかな、とも思いましたが。
とある事実が、私をその場に縛り付けていました。
「いいでしょう」
私はやがて、そう白状します。
「信じてもらえないかもしれませんが。――いま起こっているこれは、私の大好きな……『J,K,Project』というゲームで起こっているイベントをなぞっているようなのです」
『なんだと?』
そうして私は――“東京駅攻略編”のあらすじを語りました。
▼
【起】
“君”は、終末因子である。
そんな“君”の目的は、この世界に終焉をもたらすこと。
これまで、様々な悪事を働いてきた“君”だが……その次の標的は、とある強大なプレイヤーチーム――東京駅を根城にするグループのせん滅だ。
【承】
人知れず情報を集める“君”は、ひょんなことから“獄卒”と知り合う。
“獄卒”と仲良くなった“君”は、彼の案内で、東京駅構内へと潜入。
やがて“君”は、
――ここに、“ゾンビ毒”をばらまく。
という作戦を思いつく。
だがそれには、協力者が必要だ。
“君”はグループの裏切り者――“偽勇者”、“†堕天使†”と呼ばれるプレイヤーと知り合う。
【転】
“君”の指示に従い、配給品のペットボトル飲料にゾンビ毒を混入する“偽勇者”と“†堕天使†”。
――これで……ここは、地獄と化す。
ほくそ笑む“君”の元に、
「待て」
“獄卒”の、横やりが。
元警官であった彼は、“君”の動きに気づいていた。
だが、ギリギリまで“君”を、信じていたのだ。
彼は“君”を、愛してしまっていたから。
【結】
激しい戦いの末、“獄卒”を撃退する“君”。
「殺せ……!」
叫ぶ“獄卒”。
だが“君”は、トドメを刺すことができない。
“君”は、人類に終焉をもたらすものだが……まったく人情がない訳ではない。
“君”は結局、“獄卒”を逃がすことにする。
「いいのか。私を逃すと、また、必ず……お前を殺しにくるぞ。何度でも、何度でも……!」
そう吐き捨てる“獄卒”だったが、“君”は気にしない。
いずれ、世界は終わるのだ。
それまでせいぜい、余生を愉しむと良い。
そうして君は、次の冒険へ向かう。
全ては、世界を滅ぼすために。
▼
と、まあ。
そこまで、話し終えて。
「……えーっとぉ」
ナナミさんが、苦い表情でこちらを見ています。
「どこから……ツッコめばいいかわからないんだけど……まずその……『JKP』とかいうゲームって、悪者が主人公なわけ?」
「はい」
18禁のゲームにはありがちなこと。
「世界を滅ぼす主人公って。よくそんなヤツに感情移入できるなぁ」
「まあ、そういうゲームですし」
「ってか、そんなやべー女に惚れるかぁ?」
「ソーシャルゲームの主人公って、そんなもんでしょ」
「そんなもんかねぇ。あたし、ゲームしないからわかんないや」
“遊び人”の風上にも置けない方ですわね。
『ゲームのナイヨウについては、ともかく。――ゴクソツさんはその、『JKP』のトウジョウジンブツ、ということか?』
「……はい」
『それでいま、ゲームのイベントどおりに、しゃべっている?』
「はい」
なんだか、奥歯にものが挟まっているような気分で、そう応えます。
「たぶん、前にデートしたとき、なんらかの不具合が発生したんだと思います」
「ふむ」
「彼の、『JKP』における役割は、“偽勇者”さんたちを止めること。――けれど“獄卒”さんはこのように、身動きが取れなかった。……だから、このゾンビ騒ぎが起こった」
するとナナミさん、地獄の底を垣間見たみたいな顔をして、
「バグ……。たしかに、アリスの創ったルールは、ゲームっぽいところはあったけど」
“獄卒”さんを見つめます。
彼はまだ、虚空に向かって“台詞”を言い続けていました。
「それでコイツ――いつ、正気にもどるわけ?」




