その24 チャット機能
先ほど上がったレベルは二つだったな。
もう一つのスキル枠だが、――やはりここは安定の《死人操作Ⅳ》の取得を急いだ方が良さそうだ。
そろそろ《飢餓耐性》の出番な気がするが、どうもこの世の中は思っていたよりも物騒になりつつあるらしい。
ここは、大量に食料が貯蔵されている強みを活かし、攻撃的なスキル配分を選ぶことにする。
すると、新たに《死人操作》をインストールした我がつよつよPCがうなりを上げた。
…………。
………………うむ。
やはり弟のそれと比べて、はっきり読み込みが速い。240Hzのモニターもぬるぬる動くし。それに最高なのはなんと言っても、キーボードからマウス、デスクトップ本体まで、全てが七色にピカピカ光る点だ。やはりPCはこうでないと。
『《死人操作Ⅳ》を確認。新たな能力がアンロックされます。
・操作する”ゾンビ”の攻撃力と移動速度が上昇。
・遠隔武器、投擲の精度が上昇。
・チャット機能が解放されます(Enterキー→文字入力可能)。
・待機状態の”ゾンビ”が、操作中の”ゾンビ”を追従するモードを追加します。』
「……ぬっ」
おいおいおいおい。
強すぎないか? この効果。
ゲームバランス狂ってない?
単純に”ゾンビ”の能力が上がってくれれば万々歳だと思っていたのだが、まさか新たに、二つも良さげな力を得られるとは。
TCGで、まだネットで未発見の強カードを見つけた気分だ。
チャット機能と、待機状態の”ゾンビ”を追従させるモード。
特に後者は、”ゾンビ”たちで軍隊を組むことを前提とした能力に違いない。
これはいずれ、もろもろ検証の上、試してみることにしよう。
なお、新たな要素として出現した”実績”に関する考察は、とりあえず保留にしておく。
人殺しに対する報酬など、とてもではないが良いものが手に入るとは思えなかったためだ。
「とりあえず、チャット機能とやらを試してみるか」
僕は、女三人組からそっと距離を取って、殿を努める亮平に近づいていく。
弟はいま、彼女たちの尻を眺めるのに夢中らしく、こちらに気付いた様子もない。
――緊張感のないやつだ。
少し驚かしてやるつもりで、僕は早速、エンターキーを押す。
すると、画面下部に入力箇所が出現。
あとは、よくあるチャット機能とそう変わらない。
「ええと……”おい、亮平”……と」
するとどうだろう。
『おい。りょうへい』
たしかに、豪姫が言葉を発した。
だが、声は……初音ミクとか、結月ゆかりとか、その手の合成された音声に近い抑揚だ。正直言って、少し不自然ではある。
とはいえまあ、コミュニケーションが取れないレベルではない。
弟は一瞬、豪姫に視線を向けて、眉を段違いにする。
『……ん? いまの、聞き違いか?』
『そう、じゃない』
『おおっ、しゃべった!』
『うん。あtrしいのーりょく』
『? なんて?』
おっと。
久々に大きいキーボードを使ったせいか、打ち間違えてしまった。
『あたらしい、のうりょく』
『新しい力ってことか……。さっきの戦いで?』
『そう』
『なるほど。でも、ちょっと不自由そうだな』
『そう。いしそつうは、さいていげんで。ぼくは、これまでどおり、あんまり、しゃべらない』
『そうだな。それがいい』
やはり文字入力では、伝えられる情報量に限界がある。
しゃべっている間はどうしても注意散漫になってしまうし、何よりこの状態では移動も攻撃もできない。
新たに得た機能だが、使うのは必要最低限度にしておこう。
とはいえ、遠隔地にいる弟との連絡手段が確保できたのはデカい。
『そんじゃ、事前に細かく決めておいた合図の類は忘れても良さそうだな。「ジャンプ二回でゴーサイン、三回で撤退」とか』
『そだね』
『……なんか、兄貴がしゃべってるってわかってるのに、カリバちゃんがしゃべるとこう……可愛いな。頭撫でていい?』
『ダメだ。なんかきもいから』
『そんなぁ』
訳のわからん気を起こすな。馬鹿。
などと、のんきに話していると……、
『ばあ!』
と、二人の間に、宝浄寺早苗さんが割り込む。
『カリバちゃん、二人っきりなら話すのねー』
『……あ、アハハハ。びっくりしたなあ』
『私たちにも心、開いてよう』
僕はあえて返答しない。
彼女にあの、ペッパーくんみたいな口調を聞かせるのは、リスクが高すぎる。
『カリバちゃんはこう……すごく内気なので。かなり仲良くならないと、しゃべってくれません』
『へー。そーなんだぁ』
早苗さん、魅力的にイタズラっぽい顔を作って。
『二人ってさ。付き合ってるの?』
『えっ?』
『どーなの? 聞かせてよ。おねーさんにさ』
『い、いや。付き合ってません』
『ほんとぉー? その割には、ずいぶんと仲良しに見えるけど。さっきの喧嘩だってさ。亮平くんが叩かれて、それでカリバちゃんが凄く怒ったみたいに見えた』
『それは……兄貴が……』
『アニキ?』
馬鹿野郎。嘘下手男か。
『兄貴の、その。カリバちゃんは、兄貴の恋人なんす。だから弟の俺も、大切に思ってくれてる、みたいで』
オイオイオイ。勝手な設定を追加するなよ……。
『へー! なるほど。それは納得ね』
弟が、こちらにだけ見える格好で『ゴメン』のポーズ。
豪姫が生きていたら、舌をべーっと出して怒っていただろう。
僕なんか、彼女にこれっぽっちもふさわしくない。
もし生きていたら……、の話だが。
一行がホームセンター”クロスロード”へ到着したのは、それから間もなくのことであった。