その256 ヤクソク
トゥインキー一世とチキン・ラーメンが、ぎゅっと抱き合っています。
二人は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、こう言いました。
『俺たち結局……同じ糖質じゃないか』
と。
それは実に……実に安っぽいドラマ。
チキン・ラーメンとトゥインキー一世は、かつて幼なじみでした。
二人は、この世界から糖尿病を無くすべく、正義の執行を誓い合った仲。
にもかかわらず彼らは、自身の成分が糖の塊であるという事実を知り……お互いを憎み合うようになったのです。
自分は、死にたくない。
でも、この世界が幸福に変わるには、一品でも多くの糖質を消すしかない、と。
しかし二人は、気づいたのでした。
食べ過ぎは、良くない。
でも、だからといって、まったく食べないというのも不健全で……。
糖質も喰らう、栄養も喰らう。
両方を共に美味いと感じて、血肉に変える度量こそ、食には必要なのです。
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――って。
私、なんの話してるんだろ。
ああくそ、と、頭を掻きむしりつつ。
知ったこっちゃない。
知ったこっちゃないんですよ、私。
でもねぇ。うーん。
ハンバーガーさん……じゃなくて。
根津ナナミさんでしたっけ。
大切な人を死なせて。
その復活を願って……とんでもないことをしでかした。
この世界に、“終末因子”を召喚するという――やらかしを。
そして彼女は、居場所を追われ、ここにきた。
――ふーむ。
なかなかどうして……お辛いこと。
彼女もまた、追放者だったんですのね。
もちろん私、彼女のことを、許していませんよ?
けれど、まあ。
事情くらいは、聞いても良いかな。
「ゾンビ使いさん……じゃなくて」
こほんと、咳払い。
「――先光、灰里さん?」
恐る恐る、訊ねます。
すると、十数匹のゾンビを代表して――一番見栄えの良い、女の子のゾンビが答えました。
『……サイホ。はなしを、きいてくれるな?』
「ええ」
いち早く、応えます。
その声は少し、裏返っていました。
『では、ナナミさん。まずカクニンしたい』
「………………」
化粧の落ちたナナミさんは、ごく普通の女の子に見えていました。
『トウキョウエキに、ゾンビドクを、ばらまいたのは……キミではない。それでいいな』
するとナナミさんは、憎々しげに歯がみして、こう頷きます。
「……当たり前でしょ。なにが楽しくて、そんな真似しなきゃならないのよ」
「レベルを上げたい、とか?」
「バカね。普通の毒殺ならともかく、ゾンビ毒を使った毒殺は、経験点にならないの。たぶん、ゾンビの産みの親――“死霊術師”の得点なんでしょう」
へー。そうなんだ。
「と、いうか。――こっちにしてみりゃ、お前がそれをしたと思ってた」
……は?
「いやいや。なんでそんなこと」
「――違うの?」
「違いますよ」
えーっ。
どういう流れで、そんな勘違いが生まれるんだろ。
「……ふん。信じられないね」
でも、どうやらナナミさん、謎に確信がある様子。
「それは、こっちの台詞ですよ。あなたくらいイカレた人なら、大した理由もなく人を殺しまくっても不思議じゃない……」
その言葉は、徐々に尻すぼみになっていきます。
自分で言ってて、自信がありません。
私、彼女が見た目ほどイカレてないことを知ってます。
「……………………」
「……………………」
二人、気まずい表情でにらみ合って。
とりあえず。
何か、行き違いが発生しているらしいと、そう思いました。
『な?』
そこでゾンビが、口を開きます。
『いったんハナしあうべき、なんだよ。ワレワレは。ブンメイジン、なんだから』
その声は、いつもどおり棒読みですが。
心なしか、『やれやれ』という気持ちがにじみ出ている。
そんな気がしました。
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「なあ、ゾンビ使い」
『なんです?』
「あんた――途中まで、あたしを大量殺戮犯だと思ってたんだろ」
『ええ、まあ』
「なんで、手のひらを返した?」
『ああ……それは』
ゾンビはそこで、少し時間をおいて、
『サンクチュアリの……あなたの……トモダチに、レンラクがついたんです』
「…………」
『あなたは、そんなことをしないって。そう、ホショウされたから』
「……………………でも」
ナナミさんそこで、哀しげにうつむきます。
彼女の『過去』を覗き見た私には、その気持ちが、よくわかりました。
彼女は一度、《謎系魔法Ⅴ》の発動によりゾンビを呼び寄せています。
今日もきっと、同じことを繰り返したのだろう……と。
そう思われても、仕方がないはず。
『それでも、「ゼッタイ」だと。「ヤクソク」したから、と』
「………………」
『“おわらせるもの”が、そういったんです』
「………………」
『あと、サンクチュアリにいる、いろんな“プレイヤー”のみなさんも』
「…………そう」
ナナミさんは、ほっとため息を吐いて。
「そっか。――みんなが」
と、そう呟きます。
そして、手元の“箱”を、大事そうに抱きしめて。
《時空器》は、約束の証。
もう二度と《謎系》を使わない、という……。
「もし、あなたをシなせていたら』
私には彼の、嘆息混じりの声が、聞こえてきそう。
『たぶんボクは、サンクチュアリにいられなくなっていたでしょう」




